「もっと読みたくなる! 芥川龍之介」野田康文編、入江香都子、溝渕園子著
「もっと読みたくなる! 芥川龍之介」野田康文編、入江香都子、溝渕園子著
平安時代を舞台に描かれた短編小説「藪の中」は、武弘という男が殺されたという1つの事件をめぐって、当事者3人を含む7人の証言によって構成されている。3人が「自分が殺した」というものの、それぞれが語る事件の状況は互いに大きく食い違う……という不明の真相をめぐって、これまで批評家や研究者らの間で多くの議論が戦わされてきた。
現在では「真相の探求は不可能」論が主流だが、執筆者の野田は、確かにミステリーの要素は多分に含んでいるものの、いわゆる推理小説ではなく、すべての言葉を生かしながら真相に近づくことは可能であるという。空間設定、陳述者の都合の良い出来事だけを切り貼りした語りなど見逃されがちな点を挙げながら、読者を真相へといざなう。「藪の中」の面白さは、構造はまるで数学的に張り巡らされたパズルを思わせ、それぞれの人物の「動機や感情」など心の真実といった主題に迫り、体感できることにある、と。
芥川のあまり知られてはいないが面白い作品を取り上げ、異なる専門領域の3人の編著者がその魅力を語る作品論集。といっても各人、市民向け文学講座の主宰や商業誌で執筆するだけあって堅苦しさはなく、収録の「秋」「庭」など全7作の意外な視点、読み方に読書心がくすぐられる。 (作品社 2860円)