歌舞伎座で初主演 香川照之が挑んだ“ニヒリズム親子劇”
中車は三代目猿之助(現・猿翁)と女優浜木綿子の間に生まれたが、両親が離婚し、父とは絶縁していた。成人してから父の公演先をアポなしに訪ねて強引に会うも、「ぼくはあなたの父ではない」と改めて絶縁を告げられた話はよく知られている。つまり「瞼の母」ならぬ「瞼の父」だったのだ。そしてこの父子は和解した。役者の私生活と役とを重ねてしまうのはワイドショーに毒されているのだが、どうしても重ねてしまう。
だが玉三郎と中車は、このあまりにも有名なお涙頂戴ものの芝居を、ニヒリズムへと読み替えている。別れた息子だと分かっても、母は彼をかわいく思えない。冷たくされた母を息子は許さない。これまでに見た役者たちは、そういうセリフをやせ我慢と解釈し、親子と名乗り合いたいのに感情がすれ違う悲劇としていた。だが今回の「瞼の母」は、親子の情など幻想にすぎないことを強調して、幕となる。その結果、古臭い芝居が現代に生き返った。
(作家・中川右介)