オードリー若林 斜め視線やめて得た他人の視線からの解放
「だから通って1年後ぐらいには、菊地亜美をいじり倒せるようになったんです(笑)」(「文春オンライン」18年9月6日)
さらに大きな転機となったのが、16年の春だった。最愛の父と尊敬する先輩の前田健が2週間のうちに立て続けに亡くなったのだ。
前田とは21歳の時に出会い、初対面で「みんな死んじゃえって顔してるね」と言われ何かを見抜かれた気がした(文芸春秋社=若林正恭著「ナナメの夕暮れ」18年8月30日発売)。ブレーク後はよく、「今、幸せ?」と問われた。きっと「幸せになりなさい」と言いたかったのだろう、と若林は思い返している。
父の死の間際、若林は「ありがとな」と母と手を握り合っているのを見た。
「その時にやっと、人間は内ではなく外に向かって生きた方が良いということを全身で理解できた」(同前)
このまま、世の中をナナメに見てカッコつけていたら、人生はすぐに終わってしまう。だから、ハロウィーンの仮装、バーベキュー、海外旅行……、そういった誰かが楽しんでいる姿や挑戦している姿を冷笑するのをやめた。そして、かつて自分が否定していたプロレス観戦、ゴルフ、一人旅などを積極的に行うようになった。
“好きなことがある”と、それだけで朝起きる理由になると若林は言う。自分が好きなことが分かると、他人が好きなことも尊重できる。「他人への否定的な目線」から“卒業”できた若林が得たものは、人見知りの原因のひとつだった「他人からの否定的な視線への恐怖」からの解放だったのだ。