山口洋子と権藤博の結婚を阻んだもの…女性誌は「中日球団の横槍が」と
投手コーチとして再びユニホームに袖を通した権藤だが、苦労はなおも続いた。幾度となく繰り返された監督や選手との衝突である。近鉄バファローズの投手コーチ時代は阿波野、吉井、山崎と先発ローテーションを揃えながら、監督の仰木彬との確執から半ば追い出されるように球団を去った。請われて入閣した福岡ダイエーホークスの投手コーチ時代には、監督の田淵幸一から「権藤さんはいつかは監督をやりたい人だから」と、痛くもない腹を探られた。そんな人間関係の煩わしさを洋子には洗いざらい打ち明けている。
もし、2人が結ばれていれば、このやりとりは、編集者やカメラマンも立ち会う対談の席上ではなく、リビングや寝室という、ごくプライベートな空間で行われる性質のものだったかもしれない。
華々しかった現役時代とは対照的な元恋人“ゴンちゃん”の苦労話に、洋子は「ふんふん」と耳を傾けながら、「男の子だもんね」「いつでも直球勝負だもんね」「突っかかるの好きだもんなぁ」と時折、合いの手を入れた。
この時、両者の胸中に何が去来したか、もちろん知る由もないのだが、洋子の脳裏に、ほろ苦い過去の一片が蘇ったとしても不思議はない。