漫画家・倉田真由美さん「人生を変えたのは無名の私にかかってきた一本の電話」
心筋梗塞も経験、あと1時間遅れていたら心臓が止まっていた
夫の命を助けた時のことも思い出しますね。2020年のことです。夫はだらしなく思われているかもしれませんが、毎朝きちんと起きる人でした。ところが、その日、寝室に見に行ったら、ベッドでウーッとうなっていた。みぞおち辺りが気持ち悪い、だるいと言って。でも、変なものを食べさせていないし、食中毒の症状とも違う。熱や咳の風邪症状もない。
それでこれは普通じゃないと思ったので、調べてみて、心筋梗塞かもしれないと思いました。もしそうなら時間との闘いです。ただ、そうじゃなければ、救急車を呼んだら迷惑になる。そう思って近所の循環器系の病院を調べ、8時半から開いているクリニックがあるのがわかり、2人で自転車で向かいました。後から聞いたら、死ぬ思いだったと言ってましたけど。そこで心電図をとってもらったら、心筋梗塞かもしれないと言われ、心筋梗塞の処置ができる大きな病院に救急車で運んでもらいました。5時間に及ぶ大手術でしたが、一命を取り留めた。あと1時間遅かったら心臓が止まっていたと思います。本当によかった。夫は「ありがとう」とは言わず、照れて「参ったよ」なんて言ってたかな。
■すい臓がんがわかっても何も治療をしないと決断
夫にすい臓がんが見つかったのは22年の5月です。がんになったら抗がん剤を入れるのは当たり前ですから、夫も私もそういうものかと思っていました。でも、すい臓がんはあまりにも予後が悪い。チャレンジするにはあまりにも不利ながんです。セカンドオピニオン、サードオピニオンも受けましたけど、夫としては「チャレンジしない、何もしない」と決めやすかったかもしれません。
実際、治療をしても長く持つとは限らないし、その過程はかなり苦しい。夫を見ながら、何もしないのも一つの選択だなと私も思いました。何もしなければ、食べられるし、動けるし、会社にだって行ける。普通に暮らせるんです。亡くなったのは24年2月ですが、1月までは会社にも行ってましたから。
弱ってきた最後の時のことを思い出すとつらくなるので、積極的に思い出す時はなるべく元気な夫を思い出すようにしています。
思い出すのは、亡くなる前日のことですね。普通にシャワーを浴びて、髪を洗った夫の体を、一緒に拭いてあげたら「タオルがもったいないからいいよ」と言われて。
前日にコンビニのファミチキの新作を食べたがったけど、買ってあげることができなかったのも悔しいですね。それで亡くなる前に食べたのは普通のファミチキです。最後に食べたのはイカとマグロの刺し身ですね。がんが進行してからは食べられないものが増えたのですが、刺し身はよく食べていました。それからソーダ味のガリガリ君。
亡くなった日は何時間も昏睡状態が続き、言葉を交わしたのは朝ですね。「俺、昨日やばかったよね」って。それが最後の言葉でした。
(聞き手=峯田淳)