1年生存率3割と告げられ…心理カウンセラーの刀根健さん肺がんとの闘い

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刀根健さん(心理カウンセラー/55歳)=肺がん

「肺がん」でステージ4を告知され、骨、肝臓、腎臓、脾臓転移さらには脳腫瘍という絶望的な状況から1カ月足らずでがんが消失し、もうすぐ5年が経ちます。普通に仕事もしています。でも、治療は人それぞれです。私の経験がほかの人にも有効とは言えません。それを踏まえて私の生死を分けたものを一言で言うならば、「エゴ(自我)の崩壊」でした。

 始まりは2016年3月に受けた健康診断で心房細動という種類の不整脈が見つかったことです。「放っておくと高齢になって心筋梗塞や脳梗塞になる可能性があるので血管が若いうちに手術しましょう」と言われ、手術に向けて検査をしたら肺に影が見つかり、「がんかもしれない」と指摘されました。

 そこから名医といわれる医師を紹介され、全身をくまなく検査してみると、リンパへの転移が見られ骨転移の可能性も高いと診断されました。肺がんのステージ4。1年生存率は3割だと告げられたのは9月でした。

 体調はいたって元気。たばこもお酒もやらないし、ボクシングジムのトレーナーとして適度な運動もしていました。でも医師は「2カ月後には息苦しさなど、何かしら症状が出始める」との見通しでした。

 そこからは恐怖との闘いです。「自分は生き残る3割に入る」と確信し、家族にも関係者にも自信満々にそう話しました。でも、夜になると死の恐怖が頭から離れません。

 遺伝子検査をした結果、分子標的薬「イレッサ」は使えない。抗がん剤はやってみなければわからず、医師からは「治りません。延命しかできません」と告げられました。そこで私は何冊もがんサバイバーの本を読み、結論として抗がん剤を断って代替医療で治すと決めました。食事療法、温熱療法、飲尿療法、ヒーリング、鍼、漢方など何十軒とクリニックを回り、「がんに良い」と言われるものは、全部必死にやりました。

 ところがどんどん体調が悪化し、17年半ばには体が痛み、血痰も出るようになりました。それでも「好転反応だ」と自分に言い聞かせていたのです。ところがある日、宅配便のサインをしようとして、刀根の「根」が思い出せず焦りました。さらに、平仮名の「く」がどっちに曲がっているか考えなければわからない……。気づいたら、右目の視野欠損もありました。ネットで調べると脳腫瘍の可能性があると書いてあり、そろそろまた病院で検査をすべきだと思うようになりました。

■「完敗」と思ったとき急に目の前が明るくなった

 そのときに通っていたクリニックから東大病院を紹介してもらい、9カ月ぶりに検査をすると、左肺の原発がんは大きくなり多発肺転移が見られました。さらに肝臓などへの転移もありましたが、先生が一番問題にしたのは脳でした。画像には5センチ以上の浮腫があり、「明日、呼吸が止まってもおかしくない。医者が100人いれば100人ともがすぐに入院をすすめるレベル」と言われ、ついに入院を決めました。

 考えられる手だては全て考えつくし、やれることはすべてやった。でも完敗……そう思ったとき、急に目の前が明るくなりました。今までしがみついてきた自分のやり方や世界観を手放すことができた爽快感がそこにありました。エゴ(自我)の崩壊です。

「父さん、もう楽しむしかないよ」

 長男が言ったその一言で涙がこぼれ、心がわくわくし始めました。

 入院したのはその4日後です。脳はすぐに放射線治療をしましたが、がんは全身に転移している状態でした。3カ月先に生きていることは想像できません。でも、心はわくわくしていたのです。 父親に本音を吐き出したことも大きな転機でした。というのも私は何に対しても完璧を求める性格で、できる努力はしつくすのが常。しかも、一定の成果が出ても満足できない。自分の足りないところばかりに目が行って自己肯定できないのです。

「病気の根本はそこにあるかもしれない」というある人からの助言で、初めて幼少期からの自分を振り返りました。そして「父親に褒められたい」という心理があったことに気づき、父親に自分の思いを告げたのです。ふっと体が軽くなりました。また、知人から聞いた「病気は自分がプログラムした魂の計画」という言葉が妙に腑に落ち、「それなら治るだろう」と思えたことも気持ちが楽になれた要因です。

 そして入院して約1週間後に、私のがんの遺伝子からALK融合遺伝子が見つかったという知らせが飛び込んできました。それはつまり効果が高い分子標的薬「アレセンサ」が使えることを意味していました。

 ALKは、最初にステージ4を告げた大学病院でも調べていたはずですが、2カ月以上結果を知らされなかったので、私にはなかったと諦めていました。この遺伝子が見つかる確率は約4%。私は幸運に恵まれたと言えるでしょう。なんと、治療を始めて約20日間で全身のがんが消失したのです。その結果は医師も驚くほど珍しいものでした。

 今、放射線治療の後遺症で左脳が少し腫れていてステロイド治療をしていますが、何も心配していません。緊張やストレスが免疫力を下げます。病気に関して言えば、「何も考えないアホが最強」。左脳の腫れは「もっとアホになれ」というサインだと思っています。

(聞き手=松永詠美子)

▽刀根健(とね・たけし) 1966年、千葉県生まれ。心理カウンセラーとして企業の人事コンサルティングや研修指導などで講師として活躍する。闘病前はボクシングトレーナーとして日本ランカーを育成した実績を持つ。病気体験を経て、「OFFICE LEELA」を立ち上げ、本業のほか講演や執筆活動も行っている。著書のがん生還体験記「僕は、死なない。」はベストセラーに。他に「さとりをひらいた犬」などがある。

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