著者のコラム一覧
田中幾太郎ジャーナリスト

1958年、東京都生まれ。「週刊現代」記者を経てフリー。医療問題企業経営などにつ いて月刊誌や日刊ゲンダイに執筆。著書に「慶應幼稚舎の秘密」(ベスト新書)、 「慶應三田会の人脈と実力」(宝島新書)「三菱財閥 最強の秘密」(同)など。 日刊ゲンダイDIGITALで連載「名門校のトリビア」を書籍化した「名門校の真実」が好評発売中。

生徒の6割が東大合格する筑波大附属駒場の「自分の頭で考えさせる教育」

公開日: 更新日:

 東大受験実績といえば、1982年から40期連続で合格者数トップを続ける開成、54年から67期連続(東大入試中止の69年を除く)でトップ10を堅持する麻布、西の王者・灘、60年代半ばまでトップを独走した都立日比谷などがすぐに思い浮かぶ。だが、本当の意味で最高の実績を残しているのは、国立の男子中高一貫校、筑波大学附属駒場(通称「筑駒」、東京・世田谷区)だろう。

「進学校ナンバーワンであるのは、受験業界では異論がないところ」と話すのは大手予備校・東大受験コースのスタッフだ。

 63年に8位に入って以来、58期連続でトップ10入り。99年以降はトップ5を続けているが、これらの数字自体は目を見張る話ではない。トップ10の58期連続は灘と同じ。トップ5は開成の数字に遠く及ばないだけでなく、灘も66年以降ずっと続けている記録だ。何が凄いのか。生徒数に対する東大合格者数の割合である。開成1学年約400人、麻布約300人、灘約220人に対して、筑駒は約160人(うち約40人は高校から)しかいないのだ。

「生徒の6割が東大に進む“化け物”的存在。時には7割に到達する年もある」(予備校スタッフ)

■自由な校風は一緒 筑駒と麻布の違いとは

 ただ、20年は93人(2位)、21年89人(3位)と、順位は定位置ながら、東大合格者割合は6割に達しなかった。13年以降、19年まで7期連続で100人超えを続けていただけに、20・21年の結果はやや物足りない。不満げな表情を見せるのは30代後半のOBだ。自身は東大理Ⅰに現役で合格している。

「平均的な成績であれば、東大か国公立の医学部を受験するのが筑駒生のごく自然な感覚。そもそも、筑駒に入学した時点で、東大を目指すのが当然の雰囲気がある。といって、ガリ勉タイプはほとんどいない。普通に6年間、学校生活を送って、当たり前のように東大に合格する。もっとも、みんな、予備校の模試はよく受けたし、最後の半年は気合いを入れて受験勉強していた。そういう意味では、最近の筑駒生は少したるんでいるんじゃないかな」

 こういう話しぶりを聞いていると、かなり嫌味な感じもするのだが、このOB、実際はいたってさわやかな人物。無邪気なだけなのだ。自ら「典型的な筑駒生タイプ」と評して笑う。

 筑駒生の特徴とは何なのか。同OBは「自由を謳歌するゆとり」だという。筑駒には制服もなければ、校則もない。このあたりは私立の麻布とまったく同じだ。

「東大で何人かの麻布生と知り合い、麻雀卓を囲む仲になったんですが、よく似ているなと思いました。いかにも、伸び伸びと育ってきた感じで、気持ちにも余裕がある。そして、大人びているところと、どこか子どもっぽいところが混在している。違う点があるとすれば、向こうのほうがオシャレで、多少女性にもてることぐらいかな」

 さらに、OBはこう続ける。

「筑駒の授業内容が他の進学校に比べ、特に優れているということはないと思う。こういう言い方をすると不遜だが、頭がいい子が揃っている。それを殺さないように、生徒の好きにさせているのがこの学校の一番の長所でしょう」

 筑駒の校風は「自由闊達」。各生徒の自主性を尊重することを第一義に掲げている。その理由を、同校の教師だった人物が次のように話す。

筑波附属11校における筑駒の役割

「筑波大の附属校は全部で11校(筑駒は中学と高校で2校と数える)あり、国立の機関として、それぞれに役割が与えられています。その中で、筑駒中・高は『トップリーダーを育てる教育の実験的実践校』と位置づけられている。生徒それぞれが主体的に行動することがリーダーとしての素養につながっていく。したがって、授業も知識を詰め込むのではなく、自分で考える力をつけることに重点が置かれているのです」

 たとえば、中学での歴史の授業。この事件があったのは西暦○年といった暗記を生徒に求めることはほとんどない。なぜ明智光秀は織田信長を討とうとしたのか、というようにテーマを決めて、授業の中で生徒同士が議論を戦わせるのである。生徒が自分の頭で考えることを重視しているのだ。

「中学受験の段階で、何年に何があったかというような歴史上の出来事は頭に入っている。社会科に限らず、他の教科も含め、勉強の仕方がわかっているので、暗記で済むような範囲は学校で教えてもらう必要がないんです」(前出OB)

 元教師も「筑駒に入ってくる時には、すでに脳の体力が備わっている子が多い」と認める。

■工夫を凝らした教師の授業

「そういう生徒を相手にする教師の側は、けっこう大変です。平凡な授業をしていたら、彼らはすぐ飽きてしまう。だから、各教師は授業で使うテキストを自分で作ったりもする。新聞記事の切り抜きを使ったりして、アップトゥデートな話題を積極的に取り入れる先生もいます。筑駒では各担当教員にかなりの裁量が与えらているので、いろいろ工夫しながら、授業に臨んでいるのです」

 考えどころが多い授業ほど、人気が出るという。思考を巡らすことに貪欲な生徒が集まっているのだ。学校側も意図的に、そうした人材を入学させようとしているふしがある。

「筑駒の中学入試はものすごく難解というわけではないのですが、知識やテクニックだけではなかなか解けない問題が多く、自力で考え抜く力が要求されます」

 トップランクの進学校に数多くの受験者を合格させてきた学習塾幹部はこう解説する。筑駒中学の偏差値は73(四谷大塚調べ)。灘と並んで、国内の中学ではもっとも高い。開成中学は71である。

■筑駒と開成の両校に合格したら…

「筑駒と開成両方に合格した場合は、筑駒を選ぶケースが圧倒的に多い。保護者からすれば、東大合格者割合の高さはもちろん、費用の安さも魅力なのです」(学習塾幹部)

 入学金、授業料、施設費はすべてゼロ。入学初年度にかかるのはPTA入会金、PTA会費、生徒会費、教材費等預り金など、計約15万円だけだ。長所ばかりが目立つ筑駒だが、不満な点がないわけではない。「トップリーダーを育てるとうたいながら、意外にその数は少ない」と嘆くのは前出の元教師だ。

「学者や官僚はたくさん輩出しているのですが、経済界や政界では今ひとつ目立っていない。筑駒出身者がリーダーシップを発揮している感じがあまりないのがとても残念」

 これまで筑駒の卒業生で国会議員になったのはわずか11人。日本共産党小池晃書記局長(参議院議員)と笠井亮衆議院議員、自民党の後藤田正純衆議院議員を除く8人はすべて官僚出身だ。大臣経験者も細田博之衆議院議員(元内閣府特命担当大臣、元内閣官房長官)と齋藤健衆議院議員(元農林水産大臣)の2人しかいない。

「筑駒では人を押しのけてまで前面に立つようなタイプはあまり見かけない。学費はほとんどかからないといっても、実際に入学してくるのは裕福な家庭の子が多く、どこかおっとりしている。生き馬の目を抜くような政界では、真のトップリーダーはなかなか出てきづらいのかもしれません」(元教師)

 いずれにしても、筑駒が進学校の頂点にいるのはまぎれもない事実。日本の未来を左右する存在だけに、その動向からは目が離せない。

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