松山以外予選落ち 日本勢全英惨敗の背景に国内グリーン環境
【日本のゴルフを斬る】
フェアウエーがソフトで、グリーンがよく止まるセントアンドルーズ・オールドコースの全英オープン。初日から好スコアが続出し、予選2日間のスコアは首位が10アンダーで、カットラインはイーブンパー。コースがやさしくなっているので、日本勢にもチャンスがあると思っていた。
しかし、予選を通ったのは米ツアーで戦う松山英樹ただ一人。日本ツアーから出場した7人は全員決勝に進めなかった。
「リンクスは足を使えるので、アメリカのコースより全英オープンのほうが日本人に向いている」と、青木功が言っていたことがある。昔、日本のコースはコーライグリーンだったので、ベントグリーンのように止まらなかった。
コーライグリーンはバックスピンがあまりかからないので、ピンのだいぶ手前から足(ラン)を使って攻めていた。だからコーライグリーンで試合を開催していた頃の日本の選手は全英オープンでは好成績を挙げている。
1976年、予選会から挑戦して出場した鈴木規夫は初日、日本人として初めてトップに立ち、10位と健闘している。82年には倉本昌弘が日本人として最高位の4位。続いて丸山茂樹と谷原秀人の5位がある。86年には中嶋常幸がグレッグ・ノーマンと最終日に最終組で優勝争いをして8位。青木は3回7位になっている。