日本男子体操「伝説の補欠」が語る五輪演技“幽体離脱”体験
――代表選手が故障でもしない限り出番がないのなら、現地でも気楽だったのではないですか。
「選手村はゴルフ場を壊して造ったと聞きました。敷地の中にはプールやサウナ、カフェテリアなどの売店があり、IDカードがあれば施設使用や飲食はすべて無料。当時の日本選手は世界のトップですから調整も万全。ケガや病気になることなんて考えられませんから、選手村の中を毎日見て回っていました」
――その考えられないことが起こったわけですね。
「本番の5日前に故遠藤(幸雄)コーチに部屋に呼ばれ、笠松が盲腸で手術することになったから、代わりに出てくれと。え!? 嘘だろと。その瞬間、突然体がこわばり、視野が狭くなった。目の前の一点しか見えなくなった」
――でしょうね。
「頭の中がガラリと変わり、五輪の舞台に立てる喜びより、怖さの方が大きかった。日本に帰りたくなりましたね」
――何に対して怖かったのですか。
「日本は金メダルが狙えるだけのメンバーが揃っている。五輪団体5連覇もかかっている。補欠の私が笠松さんの代わりに出場し、もしも失敗して金メダルを逃せば、私は日本中から批判されるでしょうし、孫の代まで言われます」