スピードスター伊東純也「無名の高校時代」秘話 神奈川大・大森酉三郎監督が明かす

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 キリンチャレンジカップ2022で6月2日にパラグアイ、同6日にFIFAランキング1位のブラジルと対戦する日本代表のMF伊東純也(29=ヘンク)。カタールW杯最終予選では、最多に並ぶ4試合連続ゴールで一躍時の人となった。

 11月の本大会では優勝経験のあるスペイン、ドイツと同居する「死のE組」に入る。伊東のスピードと決定力は森保ジャパンの最大の武器。無名の高校時代の伊東を知る神奈川大の大森酉三郎監督(52)が秘話を明かした。

  ◇  ◇  ◇

 ──逗葉高時代は神奈川県でベスト32が最高。伊東との出会いは?

「逗葉高校の先生から『大森さん、神奈川大学(神大)に行きたいって言っている子がいるんだけど、見てくれない?』と頼まれまして、2010年夏に彼が神大の練習会に参加した時ですね」

 ──伊東はすでに有名だった?

「強豪の桐光学園との試合で大活躍したことがあって、強豪大学からも誘われたようです。ただ、うち以外は全寮制で、当時の神大は自宅から通えて関東リーグ1部に所属していた。ある程度はのんびり自分のペースでサッカーができるのが良かったのでしょう」

 ──印象は?

「私は09年のユニバーシアード日本代表のコーチを務めていて、福岡大の永井(謙佑=現東京)君を見て速いなと思ったのですが、純也には天性のスピードがあって永井君より速かった。何かひとつ武器になるものを持った選手を探していて、シュートをすると、捉えた時のパンチ力もあった。それにイケメンだし、インパクトはありました」

■推薦入試の際に私が怒るとすぐに…

 ──他に何か?

「ただ、超高校級かっていうと、プロのスカウトが見たら、ボールの扱いはアジャストできていなかったし、スピードを持て余している感じでした。まだまだ足りないところが多くて、インテンシティー(プレーの強さや激しさ)は低いなと。それでも、足は速いし、ハマるとすごいので、合格は決まったのですが──」

 ──問題が?

「推薦入試の実技試験の日、試験官が見ているのに動きが緩慢に見えたので、『今日は何の日か分かってる? 空気を読んでやらないとダメでしょ。今日の取り組む姿勢は最低だよ。純也が大学4年間、真剣にやったらプロになれる。でも真剣にやらなかったら、その辺のお兄ちゃんと一緒だぞ』と怒ったんです。あの頃はまだ未熟なところもあったけど、すぐに『すみませんでした』と。マイペースで素直なところが最大の強み。私が一度チームを離れる際、関森コーチに『純也をプロにできなかったら指導者失格だな』と言ったほど、潜在能力は高いものがありました」

■ここは俺に合っていないという嗅覚

 ──無名に近かった高校生を発掘してハッパをかけたわけですね。

「発掘したというより、純也のその時のメンタルが『神大で楽しくやりながら、ジャイアントキリングしちゃおうぜ』みたいなところが合っていたのでしょう」

 ──性格はマイペース?

「そうですね。強豪大学から誘われても、すぐに飛びつかない。自分に合う大学を選ぶために、ちゃんと自己分析ができる。ここは俺に合っていないというような嗅覚が利くのかもしれませんね」

高齢化進む団地を選手寮にする狙い

 ──ところで、神奈川大サッカー部は人間力を培う「F+1プロジェクト」の取り組みに力を入れている。

「同プロジェクトは『Football+何か1つ』という意味を持ちます。『地域貢献などサッカー以外の活動が1人の人間として大きな成長につながる』をコンセプトに05年からスタートしました。活動は部員による商店街のゴミ拾い、競技場の草むしり、地域の夏祭りの手伝い、附属中学や高校へのコーチ派遣や地域の中学生の練習会、キッズサッカー大会への審判員派遣などです」

 ──大森監督は同プロジェクトの「発展形」として20年から過疎化が進む団地を活用した寮生活をスタートさせた。

「神大の練習グラウンドから約5キロにある築約50年の『竹山団地』(横浜市緑区)です。約6500人の住民の高齢化が進んでいて、約45%が65歳以上という団地の部屋を借りて部員の寮として活用を始めました。50年には日本の高齢化(65歳以上)率は40%になるとされています。竹山団地はまさに未来社会。ここでの経験は将来必ず役に立ちます。僕は19年に神大に戻ってきましたが、20年に入部した部員から大体15人ずつ。この春で丸3年が経ちました。今の4年生は自宅通いか一人暮らしですが、来年の春には全部員が団地暮らしになります」

 ──団地をどうやってサッカー部の寮にしている?

「高齢者が生活しにくい4階以上の部屋で各2、3人ずつ、現在は1~3年生の約45人が共同生活を送っています。団地内の清掃、倉庫の整理、高齢者向けのスマホ教室、防災活動など、地域との関わりを深め、住みながら地域貢献をする。防災備品の棚卸しなんて、高齢者だけでやるときつい作業ですが、学生が手伝えば、半日かかっていたものが1時間で終わっちゃう。いい選手に育てるためには人間性がベースになるし、サッカーがうまくなるより人生で大切なことを学んで成長して欲しいと思っています」

 ──昨年5月から団地内の商店街にある空き店舗を借りて部員が食事を取れる「食堂」の運営を開始した。

「以前は鮮魚店として使われていた約90平方メートルの店舗を改装しました。私が知人のカフェからカウンターやテーブルなどを譲り受け、部員が壁にペンキを塗って完成しました」

 ──伊東も賛同している。

「改装時にサポートをしてくれて助かりました。栄養士が考案し、スタッフが微調整したバランスの取れたメニューになっていて、1年後には寮生が60人に増える予定です。今後は食堂を1室増やし、部員が筋力強化をしたり、住民のみなさんの健康増進に役立つジムも団地内に造りたいと考えています。食堂の壁には、純也のユニホーム姿をかたどったペイントが施されています。純也のサポートのおかげなので、神大と純也で『JJ食堂』です。純也にはW杯でも思いっきり暴れて欲しいですね」

(聞き手=増田和史/日刊ゲンダイ

大森酉三郎(おおもり・ゆうざぶろう) 1969年12月7日、神奈川県茅ケ崎市生まれ。藤嶺藤沢高から中大を経て海上自衛隊「厚木基地マーカス」でプレー。全国自衛隊サッカー大会や国体で全国優勝。35歳で引退後、神奈川大の監督に就任した04年に関東2部昇格。07年に同2部優勝。08年に同1部初昇格。湘南ベルマーレ(アカデミーダイレクター兼U18監督)、星槎グループ(星槎国際高湘南男子サッカー部総監督)を経て19年4月から神大監督に復帰。現在はサッカー部監督だけでなく、神大スポーツセンタースポーツ戦略室専任職員を兼務している。

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