元なでしこ“ボンバー”こと荒川恵理子さん 44歳でも現役バリバリは「ケガがきっかけ」の真意
荒川恵理子さん(女子サッカー選手/44歳)
8月20日にスペイン優勝で幕を閉じたFIFA女子ワールドカップ。なでしこジャパンはベスト8と健闘し、大いに盛り上げてくれた。女子サッカー選手といえば、ボンバーヘッドでアテネ五輪などで活躍した荒川恵理子さんが思い出される。荒川さん、今どうしているのか。
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荒川さんに会ったのは、西武池袋線飯能駅から車で約10分の、WEリーグ(女子プロサッカーリーグ)チーム「ちふれASエルフェン埼玉」のクラブハウス。荒川さん、現役を続けていたのだ。
「この10月で44歳になりました。まさか、この年齢まで現役でいられるとは自分でも思っていませんでした。左すねの疲労骨折がきっかけかな、と思っています」
荒川さん、まずはこう言った。ケガがきっかけとはどういうこと?
「自分はケガが多くて、左肩の脱臼癖からの手術、右脚のすねの開放骨折、ドイツW杯で日本が世界一になった2011年には、W杯の4カ月前に左脚のすねを7カ所疲労骨折。それが治らなくてW杯にチャレンジできず、世界一はうれしいのになんか寂しいような悔しいような、複雑な思いをしました。その経験をきっかけに、自分の体を見直せたのが良かったのだと思います」
なるほど。具体的にはどんなことをやっているのか。
「疲労骨折したときに、知人の勧めで試した断食が自分に合っていると感じ、その後もオフに行ったり、体に良いと感じるものは多少値がはっても取り入れたりしています。小麦や乳製品、コーヒーなど自分の体に合わない、と知ってから控えるようになりました。代わりに五分づきのお米を取るなど、食事には気を使っていますね。おかげで今でも疲れが抜けにくい、といった年齢的な変化はあまり感じず、自分で自分の年齢に驚くほどです(笑)」
■18年から「ちふれASエルフェン埼玉」に所属
所属先は「日テレ・東京ヴェルディベレーザ」や「浦和レッドダイヤモンズ・レディース」などを経て、18年から「ちふれASエルフェン埼玉」(前身の「ASエルフェン狭山FC」などの時代を除く)。チーム練習は午後3時からの1時間30分で、荒川さんは練馬の実家から、電車で1時間弱かけて通っている。
「現役の間は、なるべく自分に投資したい。自分の体のためにお金を使いたいんです」
2年前にWEリーグが発足し、荒川さんもプロ契約に。アテネ五輪で活躍した際は、スーパーの西友でレジ打ちのアルバイトをしていることが話題になった。待遇はだいぶん改善されたのでは?
「自分自身はプロ契約の前と後で、そんなに変わらないです。プロ契約をしていただく前も、社員として固定給をいただきながらサッカーに専念させていただいていたので。レジ打ちの仕事は15年まで。ただ、アテネ五輪後は嘱託社員にしていただき、週3日、1日4時間労働でした。今回のW杯の賞金金額とかは跳ね上がってビックリ。女子も男子と同じような扱いになっていくことは、いいことだと思います」
確かに、まだまだ男女の開きは大きい。
「実家住まいなのは、犬を飼っているからでもあります。1人暮らしだと犬に寂しい思いをさせてしまうかな、と(笑)。ワイヤーダックスとヨークシャーテリアのミックス犬の女の子を、ユッケと名付けてかわいがっています。休日に愛犬ユッケとお出かけするのが楽しみです」
結婚して人間のママになる予定は……?
「アッという間に30代が過ぎて、気付いたら40代も半ば、という感じなんですよね。同年代のサッカー仲間は独身の人が結構多く、願望もとくにはなくて(笑)。今はただサッカーをもっとうまくなりたい、という気持ちが強い。できるなら、ずっとこのまま現役でサッカーをしていたいです」
引退後についても、何も考えていないそうだ。