書物のアリ地獄に落ちよう編
「本で床は抜けるのか」西牟田靖著
活字離れといわれながら、本から離れられない人はやっぱりいる。ここは思い切って本が作るアリ地獄に落ちてみよう。そこには思いがけない世界に誘うけもの道や、迷路が待っているのだ。
絶え間なく肥大し続ける蔵書というアリ地獄から脱出するまでの顛末をつづったのが、西牟田靖著「本で床は抜けるのか」(本の雑誌社 1600円+税)だ。
著者は2DKに妻子と住み、木造アパートの2階の4畳半を借りて書斎にしている。壁際三辺に本棚と机を置き、畳の上は厚さ30センチの本の束を敷き詰めているので、立っている自分の足元さえ見えない。
床が抜けるのではないかという恐れを感じた著者は、その手の事例を探してみる。新聞・雑誌の重みで床が抜けて住人もろとも1階に落下した事故があった。アパートを崩壊させて弁済金を要求された人もいる。心配になって1級建築士に教えを請い、床の強度を計算したら、本棚の接地面の積載荷重の6倍以上の重さがかかることに気づいた。あわてて床を補強し、本438冊を自宅に緊急避難させた。
しかし、作家は自分とは比較にならないほどの蔵書をもっているはずだ。
20万冊もの蔵書があった井上ひさしは、床が抜けた経験から、図書館並みの書庫を建てたが、一介のライターには無理だ。また、物書きが残した膨大な蔵書は、その重荷に耐えかねた遺族の決断で、散逸してしまうのがオチなのだ。
幸せな永住地を与えられたのは、2DKに住んでいた評論家、草森紳一の蔵書である。草森は本の山に埋もれて死ぬという「本好きとしてはあっぱれな死に方」をした。そのため、安否確認にきた編集者が初日は遺体を見つけられなかったのだが……。
草森の豊穣な知の世界を生みだした3万冊の蔵書は、〈草森紳一蔵書整理プロジェクト〉によって整理され、帯広大谷短期大学に受け入れられて、〈草森紳一記念資料室〉としてオープンすることになったのだ。
本好きなら恍惚としてしまいそうなエピソードだが、解決の方策にはならない。著者は蔵書をスキャンして電子化することも考えたが、代行会社が出版社に訴えられるという事件もあって頓挫した。
そんな迷路に迷い込んで解決策を見いだせないでいるうちに、想定外の事態が発生! 家事と家計の負担の不公平さや、書斎からあふれて生活空間を圧迫する蔵書への不満から、妻に別居を切りだされたのだ。
やむなく大半の蔵書を電子化することを決断。蔵書を600冊程度に削減して、鉄筋コンクリート造りの風呂なしマンションに運び込んだ。
蔵書地獄から抜け出す出口を作ってくれたのは、妻からの別居要求という外圧だったのである。