「ハンティング(上・下)」カリン・スローター著、鈴木美朋訳
連続殺人犯を追う警察小説である。女性を拷問し、肋骨を1本もぎとるという残虐な手口の殺人鬼を追い詰める捜査陣営の活躍を描いていくが、それだけなら昨今の翻訳ミステリーで珍しい話ではない。
この長編が忘れがたいのは、主要登場人物の設定がきわめて異色だからである。まず主人公のウィルはジョージア州捜査局の特別捜査官だが、ディスレクシア(知的能力に遅れはないが、先天的な脳の機能の偏りによって文字を読み書きすることに困難のある障害)の症状があるとの設定である。これは発見しにくい障害で、継続的な保護者がいなかったために何の支援もないまま成人化したということのようだ。ウィルは持ち前の記憶力と創意工夫でその障害を誰にも気づかれることなく進学し職を得る。その事情を知っているのは上司のアマンダと同僚のフェイスのみ。
そのフェイスにも事情がある。彼女は14歳で出産しシングルマザーとなるが、ただいま第2子を妊娠中。今度もひとりで産む決心をしている。もうひとり、小児科医サラは数年前に警察官の夫を射殺され、その悲しみからいまだ立ち直っていない。
この3人が本書の主要な登場人物だが、彼らの濃い感情が物語の随所から噴出し、読む者を圧倒する。いやはや、すごい。主人公の私生活が事件と別に語られるという趣向は珍しくないが、その範疇を超えているのだ。これが本書のキモ。今月のおすすめだ。(ハーパーコリンズ・ジャパン 各889円+税)