「悩むなら、旅に出よ。」伊集院静著

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 旅先で出合った言葉は、五感を通して深く記憶に刻まれる。歳月を経ても、その土地の光や風、人の息遣いが蘇る。

 定職もなく、酒に溺れていた若き日の著者に、海辺のホテルの支配人が言う。

「急ぐことはありません。悠々としていればいいんです。そういう仕事もあります」

 生まれ育った港の町で、海峡の向こうの国に思いを馳せ、「あの国は遠いの?」と尋ねる少年時代の著者に、若き父は答える。

「なーに、汐が良ければ一晩さ」

 作家・城山三郎は、美術作品を巡る旅を続ける著者に言う。

「そこに行かなくては見えないものがあるのでしょうね」

 国内外の旅、人生の旅の途中で心に響いた34の言葉を集め、じっくりかみしめた、大人の味の紀行文集。

 旅は楽しいばかりではない。悲しみや苦さを含んでいる。何者ともつかない自分を持て余し、手さぐりしていた若い日の旅。いくらか分別がついてからの旅。年を重ね、大切な人との離別を何度となく経験してからの旅。人生の深まりにつれて、旅も深まっていく。どんな知識も情報も、旅にはかなわない。いい旅をしたいものだ。

 (小学館 1400円+税)

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