歴史修正主義の発生と増殖の秘密を解明
「歴史修正主義とサブカルチャー」倉橋耕平著/青弓社 1600円+税
冷戦が終結した1990年代の日本では「新しい歴史教科書をつくる会」の発足や、小林よしのり「戦争論」のベストセラー化など、日米戦争の意義や「従軍慰安婦」と南京虐殺事件の有無などを焦点とした歴史修正主義が目立ちはじめた。
四半世紀後の今日、安倍内閣の閣僚のほとんどが日本会議に在籍する歴史修正主義者である。また、ネットには反韓反中の書き込みがあふれ、ネット右翼の一部は街頭にまで進出してきた。90年代を起点とする流れは、いまや巨大な奔流と化している。
その主張が歴史学的な定説に反していることは自明であるのに、専門家による批判を無視黙殺し、歴史修正主義の影響力は急速に拡大してきた。いったい、どうしてなのか。こうした謎に迫るには主張の内容的な誤りの指摘よりも、その発生と増殖をめぐるメディア論的な形態面の解明が必要なのではないか。
こうした立場から本書では、保守論壇誌というメディア、「ディベート」の流行、「慰安婦」問題とマンガ、「性奴隷」をめぐる朝日攻撃の意味するところなどが論じられる。歴史修正主義的な知のアマチュアリズムと参加型文化、政治言説の商業化とサブカルチャー化、朝日対産経に典型的なメディア市場の対立と緊張など、1990年代の諸問題を検討した上で著者は、「自らの枠組みにそぐわない事実を否定し、対立する議論を相対化し、サブカルチャーや商業メディアで持論を共有・拡散し、党派性を保持する」自己循環的な文化システムとして、歴史修正主義の発生と増殖の秘密を解き明かしていく。
排外主義が自己正当化する根拠としての歴史修正主義に、厳密な学問的批判は効果が薄い。彼らは真実をめぐるアカデミックなゲームとは違うルールの、別種のゲームを試みているからだ。では、どうすればいいのか。残念ながら即効性の対抗策は見当たらない、考えるしかないというのが著者の結論のようだ。