「愛国奴」 古谷経衡著/駒草出版
評者が現在、いちばん注目している若手の論客は古谷経衡氏だ。同氏は物事を突き放してみる観察者としての優れた目とユーモアのセンスを併せ持つ。
同書は、小説の体裁を取っているが、古谷氏自身がネット右翼とその周辺を参与観察した結果に基づく優れた社会人類学的作品だ。21世紀の日本で排外主義的ナショナリズムが生成していく過程が見事に描かれている。
己に十分な居場所が与えられていないと感じる知識人が、排外的ナショナリズムの担い手になっていく過程は、以下のようなものだ。
<波多野は地元山形県天童市の進学校から上京して有名私大・恵比寿学院大学人文学部から同大大学院修士・博士課程に進んだ。専門領域であった戦前日本陸軍の研究にのめり込みつつ、私立単科大学・東部学園大学の非常勤講師として近代史の一般教養の講座を担当するなどして口に糊していた若手研究者であった。/波多野が三十六歳のとき、半自費出版として都下の某零細出版社に持ち込んだ『日本陸軍軍閥入門』の企画が、出版されはしたものの、印刷部数千二百部に対し、実売わずか七十八冊。出版に際して工面した自費買取(自分で出版した本を著者が買い取ること)に要する借金約二百万円というあまりにもむごたらしい大失敗を経験してノイローゼ状態になってしまった。>
戦前の日本陸軍を研究して本にしてもカネは稼げない。このままだとうだつの上がらぬ非常勤講師のまま、埋もれてしまう。そこで、真珠湾攻撃はコミンテルン(第三インターナショナル=共産主義者の国際同盟)の陰謀だとか、「広島原爆はナチスが造った」などというトンデモ論を混ぜて「真実の近現代史」なる自身のブログを作り、勉強会を組織して安定的な生活基盤を確保する。実にグロテスクだ。
排外主義的な右派にマーケットを限定すれば、こういうビジネスは十分に成り立つ。これと同じ傾向は、リベラルを掲げる一部の人たちにも認められる。古谷経衡氏には、右派・左派の枠組みを超えて、事柄の本質をとらえ、魅力的な文章にする類いまれな才能がある。これからの活躍がとても楽しみだ。
★★★(選者・佐藤優)
(2018年8月24日脱稿)