「医者が教える 最強の温泉習慣」一石英一郎氏
「世界的に有名なフランスの医薬品に『イチョウ葉エキス』がありますが、その名が『タナカン』。これは当時の田中角栄首相にちなんで付けられた商品名なんですね。原爆投下後の広島で、いち早く息を吹き返したイチョウにドイツの研究者が着目し、有効成分を抽出した研究の成果で、ヨーロッパにはイチョウが大量生育していないため、日本から輸出されました。その輸出をただ同然で認可した田中角栄に敬意を表して命名されたそうです。日本はイチョウがいっぱいなのに、宝の持ち腐れだったわけですが、まさに温泉もそれとまったく同じなんです」
約3000の温泉地、約3万の源泉を有する日本は、2位のイタリア(温泉地約200)に大差をつける世界一の温泉大国で、湯治の文化は古いものの、温泉の科学的検証が必ずしもされてこなかった。ところが、欧米では着々と研究が進んでいて、東洋医学と西洋医学の融合や統合医療を専門とする著者が、アメリカ、ドイツ、ポーランドなどの約40の学術論文を読み解き、医学知見に基づいて温泉と湯浴の効能などを科学的に紹介したのが本書なのだ。
「私が一番驚いたのは、お湯につかると『お魚遺伝子』が蘇り、アンチエイジングや精神安定に重要な成長ホルモンとプロラクチン(乳汁分泌ホルモン)の分泌が上がることです。我々の祖先は、4億~5億年前、遺伝子レベルで魚でしたから、水圧から体を守るために成長ホルモンが必須。その後、陸に上がり両生類、哺乳類に進化すると、求愛活動や母乳にプロラクチンが必要になった。そのプロラクチンも魚時代の成長ホルモンから分かれたもので、お湯につかって気持ちよく感じるのは、お魚時代の名残だったんですね」
ましてや温泉では、その成分を皮膚や気道を通して血中に吸収できる。先端技術によってカルシウム、硫黄、鉄など微量ミネラルや脳波の計測、活性酸素研究、遺伝子解析などが可能になり、「温泉が人体にどれほど良いか」が明らかになってきているのだ。
本書には、動脈硬化の改善やリウマチへの鎮痛に「単純泉」、美肌に「炭酸水素泉」、冷え性やしびれなど末梢循環障害に「塩化物泉」、やけどやケガに「硫化塩泉」などと、10種類の泉質の健康効果も詳記されている。昔から名湯といわれてきた温泉にはしっかりとした科学的根拠があったのだ。著者が今、最も注目するのは、新潟県十日町市の松之山温泉である。
「江戸時代から有馬、草津と並ぶ三大薬湯に数えられ、交通不便にもかかわらず戦前の温泉番付に挙げられています。最新の地質学で、西日本と東日本を分かつ世界有数の大きな断層に位置することが分かりました。地中深くにとどまる、およそ800万~1200万年前の化石海水が湧き出て、塩分濃度が他の温泉の10倍以上。ホウ酸の含有量が日本一。先日行ってきましたが、激しい硫黄臭と湧出時95度の熱湯。まさに地獄のような温泉でした(笑い)」
現代人にうつ傾向や疲労感、倦怠感が増加しているのは、大気汚染などからカドミウム、鉛、ヒ素など有害ミネラルを人体に蓄積しているからだという。温泉につかると、体内に保持する成分の量を一定に保つ「化学平衡」の作用が生じ、有害ミネラルの排出と健康ミネラルの吸入を同時に行うことができると著者は説く。
遠くの温泉に行く時間がない人には、東京・港区西麻布の「ルフロ」がおすすめだ。最先端技術を駆使し濃縮した温泉成分をミストから吸収できる施設で、効率良い湯治ができると教えてくれた。
(扶桑社 1300円+税)
▽いちいし・えいいちろう 1965年、兵庫県生まれ。京都府立医科大学大学院修了。医学博士。国際医療福祉大学病院内科学教授。日本内科学会の指導医として医療現場の最前線を牽引する一方、伝統医療と西洋医療の融合や統合医療研究、医工学研究、最新の遺伝学にも造詣が深い。温泉入浴指導員の資格も有する。著書に「日本人の遺伝子」がある。