“ケンカ殺法”でまたもトランプを敵に回すM・ムーア
2年前の米大統領選の直前、ヒラリー勝利確実の予想の中でひとり「トランプが勝利する5つの理由」を説いた男がいた。マイケル・ムーア。ブッシュ政権を敵に回し、全米ライフル協会から目の敵にされたあのドキュメンタリー映画監督だ。その彼が来週の中間選挙を前に、トランプに敢然と挑みかかったのが今週末封切りの「華氏119」である。
冒頭、16年選挙の悪夢の一日が再現され、「トランプ勝利」を目撃した民主党の衝撃と落胆がよみがえる。ムーアはリベラル派の慢心を繰り返し大声で批判する。あか抜けてエリートきどりになった民主党主流派のおごりを許せないのだ。
しかし本領発揮はそのあと。芸能人時代のトランプとテレビ共演したこともあるムーアは、ホメ殺しや逆説で保守派をやりこめるゲリラ的な自分のケンカ殺法が、実はトランプ陣営に研究され、卑怯で性悪なフェイク戦術に換骨奪胎されたことを悟る。その悔しさをにじませながら、トランプをオモチャあつかいした主流派メディアが逆にトランプに翻弄されていく過程をていねいに跡づける。後半はいつものケレンに流れるものの、今回の危機感と怒りが相当深いことの証しだろう。
ムーアの保守批判の特徴は実は暴露や罵倒というより、毎日報道される断片的な事実を丹念に愚直に拾い集め、事の背後にある大きな企みを浮き彫りにするところにある。
その意味でムーアとよく似ているのが反戦言論人ノーム・チョムスキー。彼も日々の新聞のすみずみまで目を通し、小さな記事の切り抜きの山から権力批判の議論を組み立てる。それをもう半世紀も実践してきたのだ。
かつて筆者は「チョムスキーとグローバリゼーション」(岩波書店)の解説でその秘訣をくわしく論じたが、「チョムスキー、アメリカを叱る」(デヴィッド・バーサミアン/インタビュー 伊藤茂訳 NTT出版 1600円)でも彼の論法はいかんなく発揮されている。 <生井英考>