「天空の里 遠山郷・下栗 白鳥悳靖写真集」白鳥悳靖著
南アルプス山系に抱かれた標高1000メートルに位置する南信州の秘境・遠山郷の下栗の里。急斜面に張り付くようにして営々と歴史を紡いできたその古い集落に生きる里の人々の暮らしを記録したドキュメンタリー写真集である。
「天王さま」(津島牛頭天王社)の例祭の笛の音が、里に待ちに待った春の到来を告げる。谷を挟んだ向こうの山肌には、なごり雪がまだあるが、里はスポットライトのような陽光に輝く。深い谷底から山桜の前線が上ってきて、やがて里は桜に包まれる。カメラは、離れて暮らす娘一家と花見を楽しむ老夫婦や、新学期が始まりスクールバスに乗り込む小中学生などの日常を追っていく。
40年前には80戸260人ほどが住んでいた集落は、いまや43戸、88人(2018年現在)と減少の一途。集落に暮らす小学生もわずか4人。廃校になった分校の広々とした跡地で遊ぶ子供たちの姿が、時の移り変わりを象徴しているかのようだ。一方で、昨年は10年ぶりに男の子が生まれ、その健やかな成長を願い、山里に鯉のぼりが泳ぐ。
茶畑や栗林で作業をする男性が立つ斜面の角度から、この集落がどれほどの険しい場所にあるかがよくわかる。その山はまた、山菜や鹿など多くの恵みをもたらしてくれる。
自給自足のような暮らしは、ひと昔もふた昔も前の光景に見えてしまうが、こたつの上においた端末で遠くロシアで暮らす娘とテレビ電話を楽しむ独り暮らしの老母や、茶摘みの休憩の合間に若手リーダーが里の気象情報をパソコンで説明している姿などもある。
ページの合間には、集落で暮らす老若男女が山里での暮らしについて語る生の声が紹介される。その言葉から、暮らしの不便さや不満は聞こえず、人情深さや、澄んだ山水のおいしさなど、この土地でしか得られないものへの慈しみに満ちている。
お盆休みには都会から子供や孫が帰省をして、集落に賑わいが戻る。彼らをもてなすように、夜には「日本一小さい花火大会」も催される。自治会が自力でわずか十数発の花火を上げる大会だが、子供たちには好評だ。
そんな小さな集落だが、雨乞い踊りと念仏踊りを奉納する天王さまの370年続く「掛け踊り」(国無形民俗文化財)など、人々の暮らしは信仰とともにある。
圧巻は、旧暦霜月(12月13日)に捨五社大明神で行われる集落最大の神事「遠山霜月祭り」(国指定重要無形民俗文化財)だ。幼い子供から長老らまで、村総出で行われるこの800年の歴史を持つ「湯立神楽」の逐一をカメラは克明に追う。若者たちも祭りのために戻り、わずか88人の集落と思えないほどの熱気と高揚に包まれる。
神々とともに生きる人々の、素朴で絆にあふれる暮らしぶりに、人間の幸せとは何か、ふと考えさせられる。
(新日本出版社 2500円+税)