「妖怪絵草紙 湯本豪一コレクション」湯本豪一著
4000点以上を誇る膨大な著者の妖怪コレクションから、江戸時代から明治初期にかけて出版された選りすぐりの「妖怪本」(妖怪の絵入り冊子本)を紹介するアートブック。
その一冊、「化物」は、用水桶や火鉢、たばこ盆、さらに楽器や鏡台、果ては汚れたまま洗濯もしてもらえないことを恨んだふんどしまで、人々の暮らしを支えるさまざまな器物が妖怪と化し、人間たちを驚かせ、懲らしめている姿を描いた版本。跳梁跋扈するさまざまな妖怪たちが一幅の絵の中に描きこまれ、パニックの様相だ。妖怪や人間たちのセリフも添えられ、マンガの源流を感じさせてもくれる。
原寸大で掲載される本は現代の漫画週刊誌よりはやや小ぶりだが、こうした本を楽しんでたのかと思うと江戸っ子たちに親近感さえわいてくる。
もう一冊、「化物百人一首」は、「小倉百人一首」をパロディー化したもので、妖怪を歌の題材にしている。
例えば蝉丸のあの有名な一首を模して「これやこの こちの女房は轆轤首 しらでかなしやあふ坂の関」(俺の女房轆轤首なのを知らないのは悲しいことだ)と詠み、同衾していた女房の首が蚊帳の外まで伸び、にらみつけられる男の姿を描く。
そのほかにも「一本足の破れ傘」や、打ち掛け姿に化けた「猫股」など、妖怪界のメインストリームが、勢ぞろいして人間たちを惑わし、かどわかす。
「深山草化物新話」は、上下2巻からなる黄表紙。古寺に化物が住み着き、近隣がさびれてしまった「もり村」という田舎の村が舞台。住民たちは相談して化物を退治して寺を再興することに。指名を受けた僧侶の「常うん」が寺に向かうと、振り袖姿の「一つ目」や「入道」「ぼんぼり」などまさに百鬼夜行で、常うんはたまらず逃げ出し、通りかかった旅の僧が話を聞き、再び寺に乗り込むというストーリー。
第2章では、これまでほとんど紹介されることがなかった奇書中の奇書「人面草紙」を取り上げる。
幕末から明治にかけて活躍した月岑という著述家が作者と思われるこの肉筆本、書物全体を埋め尽くすのは大福もちが崩れたような、はたまたキノコか、あの往年のゲームキャラクター・スライムにも似ているような、なんともとぼけたキャラクターなのだ。
観梅中の家族連れも、布袋に弓の腕前を披露する殿様もみな人面相顔。まともに女性(おのべさん=陰の主役)が描かれていると思ったら、彼女が揚げているのは人面相のたこという具合。
三浦半島の名所への旅行や、お正月などの様子を描いた絵から、髪形や着物などに当時の風俗が垣間見える。
さらに、両国広小路で見せ物となったギヤマン大灯籠のデザインや、ラクダ錦絵で人気となったロードス島の巨人像など、当時の流行も描きこまれ、盛りだくさん。
ヘタウマな絵と洒脱なセリフ、そして全体からただよう脱力感は癖になりそうだ。
(パイ インターナショナル 2400円+税)