「オオカミと野生のイヌ」菊水健史監修 近藤雄生本文 澤井聖一企画・構成
環境に適応する能力に優れたオオカミは、人類をのぞく哺乳類の中で、もっとも広範囲に生息した動物だという。
人間は、自然の力強さを体現するオオカミのたくましい姿を、時に神として崇拝もしたが、自然との共生意識が薄れるとともに、自然の脅威の象徴として恐れ、駆除する存在と考えるようになった。日本固有のオオカミも20世紀初頭に姿を消してしまった。
オオカミを迫害し、絶滅に追い込んだ人間は、20世紀後半になると、彼らを再び各地で蘇らせることに力を注ぎ始めた。そしてようやく、彼らが人間の脅威などではなく、美しく、懐の深い、自然そのものの生き物だと気づいた。
本書は、そんなオオカミと、彼らと同じ祖先をもつ野生のイヌたちを紹介するグラフィックブック。
オオカミと聞いて、私たちがイメージするのは、堂々とした体躯に飛びぬけた嗅覚や聴覚、そして鋭い歯を備えた「ハイイロオオカミ」(写真①)だろう。その豊かな毛並みは、グレーのグラデーションのところどころにココアでもふりかけたような茶色をアクセントにしており、とってもおしゃれだ。
一方、ホッキョクオオカミの毛並みは真っ白で、白い肉食哺乳類はシロクマと並んで極めて珍しいという。かと思えば北米には過去に飼い犬との交雑で生まれたと思われる真っ黒なオオカミもいる。
冒頭述べたように生息域が広かったため、それぞれの環境に適応したオオカミがおり、その生態もさまざま。カナダ西部の沿岸部には、なんと海辺で暮らしサケや甲殻類などの海洋生物を食べる種もいる。また「アラビアオオカミ」と呼ばれる種は、アラビア半島の砂漠に暮らしている。
実は、こうした世界各地のオオカミのほとんどは、ハイイロオオカミの亜種なのだそうだ。
こうした世界各地の貴重なオオカミを紹介しながら遠吠えの役割や子育ての様子など、生態や身体的特徴も解説する。
中には、獲物を巡って争うことが多い、若いヒグマのオスとハイイロオオカミのメスが、10日もの間、互いに獲物を分け合って食べたり、休憩や遊ぶ時も一緒に過ごす写真も収められている(写真②)。
野生のイヌは遺伝子的解析で、「オオカミ型」「南米」「アカギツネ型」「ハイイロギツネ型」の4つの系統に分類される。オオカミがイヌの子孫だという風説は誤りで、両者は同じ祖先から枝分かれしたきょうだいだそうだ。ディンゴやコヨーテ、キンイロジャッカルなどオオカミ型系統のイヌをはじめ、世界で最も美しい足をもつ野生のイヌ「タテガミオオカミ」(南米系統)など、系統別にそれぞれの野生のイヌも紹介。
野生に生きる鋭いまなざし、子育ての時などに垣間見える優しさ、さらにその驚くべき適応力、知れば知るほどオオカミや野生のイヌたちの魅力に引きつけられる。とともに、こうした多様な種を生み育む地球の豊かさと、そんな彼らを絶滅にまで追い込んでしまった人間の浅はかさまで言外に伝えるおすすめ本。
(エクスナレッジ 2800円+税)