「血の雫」相場英雄著/新潮社/1700円+税
ネット社会の暗部というか、恐ろしさ、悪用の仕方と人間の業の深さをこれでもか、と描いたサスペンスである。徹底した取材で知られる著者の描写は、ネットをよく見る人なら「あるある」とうなずき、苦笑いしてしまうものばかりだ。
普段、ポジティブなことばかり書いている人間が実は「裏アカ」ではネガティブなことばかり書いていたりする、というのはまさにその通りである。本作では連続殺人事件が発生するが、いずれもネットにどっぷり漬かった人の末路の究極系ともいえるものだろう。さすがに死ぬことはないだろう……と思うかもしれないが、現にネット上の争い(というか一方的な逆恨み)により、今年6月、福岡でITのセミナー講師を務めた著名ブロガーのHagex氏が刺殺されてしまった。
そういった意味では本書に描かれるネット発の重大事件というものは、すでに現実になりつつあるともいえる。主役たる刑事は現場叩き上げ系とIT系から転職してきた門外漢という意外な組み合わせで、この2人の距離が変わっていくさまも見どころのひとつ。ITオンチとデジタルネーティブともいえる男2人がいかに協力し合うか、という点については普段のビジネスにも役立つものかもしれない。
本作はネットの暗部を描いたものであるが、2011年以降続く「福島差別」もひとつの重要なテーマとなっている。福島から避難してきた子供たちが「補助金をもらってぬくぬく暮らしやがって」と言われたり、「放射能がうつる」と揶揄される例もあった。また、最近でも韓国のモスバーガーが「安心してお召し上がりください。モスバーガーコリアは日本産の食材を使用しておりません」とトレーマットに書いていたことが明らかになり、批判をされた。
福島差別については、ネット上で福島第1原発事故以来脈々と続くもので、いまだに危険性を訴える人がいる根深い問題である。
また、本書のサブ的な楽しみ方としては、ところどころ登場する人物が実際に存在する人物であろうことが分かる点にある。多分そうだろう、と分かったのがジャーナリストの田原総一朗氏と津田大介氏、「PC遠隔操作事件」犯人の片山祐輔。「このハゲー!」で知られる豊田真由子氏と自民党の丸川珠代議員を足して2で割ったキャラなども登場し、一体モデルは誰か?という本編とは別の楽しみ方もできる。 ★★★(選者・中川淳一郎)