「駒音高く」佐川光晴著
将棋小説である。将棋会館の清掃員を描く短編もあれば、引退間際の棋士を描く作品もある。将棋にまつわる人々の話を7編収録した作品集だ。
将棋観戦記者を描く第6話「敗着さん」をはじめとして興味深い世界を描く短編が少なくないが、第3話「それでも、将棋が好きだ」が強い印象を残している。
それは敗れていく者を描いているからだ。どの世界でも同じだとは思うが、将棋の世界もまた厳しく、誰もが棋士になれるわけではない。奨励会の試験に受かっても途中で断念していく者が少なくないほど、その道はとても険しい。第3話の主人公祐也は、その奨励会の試験にも受からないのだ。年下の子供が軽々と自分を追い抜いていく屈辱、焦っても焦っても勝てないことの苛立ち。そしてとうとうプロ入りを断念するのだが、そのときの祐也がまだ中学1年であることに留意。そんな年で、思い描いていた自分の未来を諦めなければならない、というのはつらい。いつかは断念しなければならないのだろうが、その年齢で諦めるのはつらい。将棋の世界はそのくらい厳しいということだ。
しかし祐也には、世間の誰もが感心したり、褒めそやしたりする能力だけが人間の可能性ではない、と言い、「2年と2カ月、よくがんばった。今日までひとりで苦しませて、申しわけなかった」と謝る父がいる。家族がいる。君の未来は大丈夫だ、と励ましたくなってくる。
(実業之日本社 1700円+税)