早川いくを(著作家、書籍デザイナー)

公開日: 更新日:

2月×日 締め切りに焦り、確定申告の書類を書き、おどしすかしで偏食の子供に夕飯を食わせ、風呂に入れ、皿を洗い、布団に倒れ込んで毎日その繰り返し。たまりゆく日常の澱。もういやだ。何もかも打ち捨てて旅に出たい。本当にそうできれば無頼派作家などと名乗れもしようが、しょせん日常という潮だまりで、つましく生きるしかないこの私だ。

 しかし小さき者に光あれ。宮田珠己氏の新刊「ニッポン47都道府県正直観光案内」(本の雑誌社 1650円+税)が出たのだ。宮田氏の独自すぎる視点の全国見どころ案内。巻頭に「グルメやおみやげ、店、宿などの情報は枝葉だから扱わない」とある。情報乞食は来るな、というスタンス。鋼のオリジナリティーだ。こりゃ信頼できる。本物の旅には行けないが、この本を片手に、脳内観光旅行と洒落込もう。

2月×日 兵庫県の日本最大の食虫植物コレクションを有する「兵庫県立フラワーセンター」を脳内観光。食虫植物に凝った中学生の夏を思い出す。ウツボカズラにモウセンゴケにハエトリソウ。草の分際で昆虫を食ってしまうところが、君たち痛快だ。

2月×日 「SF県」だという青森県を脳内観光。下北半島の仏ヶ浦の景観は、かのルネ・ラルー監督の超絶アニメ「ファンタスティック・プラネット」の世界だという。奇怪で芸術的な風景が延々と続く。青森が別の惑星だとは知らなかった。なるほどSFだ。

2月×日 石川県の忍者寺を脳内観光。抜け穴、隠し部屋、落とし階段。「からくり」という言葉のフェチ感。蘇る中2メカ魂。からくり屋敷に住んでみたい。そして意味なく宅配の配達員さんを天井吊りにしてみたい。

2月×日 今日は沖縄県を脳内……。え? 学用品を買うから2万円よこせ? 風呂を洗え? もう子供が帰ってくる? ああ、もう現実に引き戻された。脳内観光さえ自由にできないとは。しかしいつか本物の旅に出てやるぞ。無頼の旅ガラスとなって、いや、カモメのジョナサンとなっていずこともなく飛び去ってやるのだ。この日常から……。

【連載】週間読書日記

最新のBOOKS記事

日刊ゲンダイDIGITALを読もう!

  • アクセスランキング

  • 週間

  1. 1

    巨人が戦々恐々…有能スコアラーがひっそり中日に移籍していた!頭脳&膨大なデータが丸ごと流出

  2. 2

    【箱根駅伝】なぜ青学大は連覇を果たし、本命の国学院は負けたのか…水面下で起きていた大誤算

  3. 3

    フジテレビの内部告発者? Xに突如現れ姿を消した「バットマンビギンズ」の生々しい投稿の中身

  4. 4

    フジテレビで常態化していた女子アナ“上納”接待…プロデューサーによるホステス扱いは日常茶飯事

  5. 5

    中居正広はテレビ界でも浮いていた?「松本人志×霜月るな」のような“応援団”不在の深刻度

  1. 6

    中居正広「女性トラブル」フジは編成幹部の“上納”即否定の初動ミス…新告発、株主激怒の絶体絶命

  2. 7

    佐々木朗希にメジャーを確約しない最終候補3球団の「魂胆」…フルに起用する必要はどこにもない

  3. 8

    キムタクと9年近く交際も破局…通称“かおりん”を直撃すると

  4. 9

    フジテレビ「社内特別調査チーム」設置を緊急会見で説明か…“座長”は港社長という衝撃情報も

  5. 10

    中居正広「女性トラブル」に爆笑問題・太田光が“火に油”…フジは幹部のアテンド否定も被害女性は怒り心頭