及川眠子(作詞家)
3月×日 来年還暦。あとどれくらい仕事に邁進できるだろう。残りの日数を数え出すようになってから、私は時間を取られるプロデュースの仕事をやめて、とにかく「書くこと」だけに集中してきた。
だけど、たまたま新宿2丁目を拠点に活動するドラァグクイーンたちと出会い彼らの歌を聴いたとき、歌を演じるその姿に激しく心を惹かれ、レーベルまで立ち上げた。それこそゼロからのプロデュース。それが、私が今手掛けているユニット「八方不美人」だ。
机に向かって書いているだけより、当然手間も時間も取られる。そんな合間を縫うように読んだのが、村山由佳さんの作品「まつらひ」(文藝春秋 1500円)、「ミルク・アンド・ハニー」(文藝春秋 1800円)、「猫がいなけりゃ息もできない」(ホーム社1400円)の3冊だ。同じ著者の本をまとめて読んだのは、何かで目にした村山さんのインタビューで興味を持ったのがきっかけ。
「ミルク・アンド・ハニー」には、トルコ人の元夫に思いっきり裏切られ大金まで持っていかれた私と同じくらいの愚かな女が描かれていた。好きとか嫌いとかを超えて、保護者のようになってしまう愛情。どんなにつらくても、今いる場所にしがみついてしまうもどかしさ。絶えず揺れ動く気持ち。そして、それを俯瞰で眺めるもう1人の自分。そんなふうに言うと村山さんは怒るかもしれないけれど、おそらくこの主人公の経験や思いに共感できる人は少ないだろう。私が誰にも理解されなかったように。
しかし、共感なんてされなくてもいい。自分は自分、それでいいじゃないかという強さが、迷いや悩みの中からさえ滲み出ている。失敗なんてただの経験の1つに過ぎない。だったら失敗を重ねていく方が人生は面白い。
普段私は小説をほとんど読まない。でも小説を書く人たちには惹かれる。歌やパフォーマンスで物語を演じるドラァグクイーンたちと同じく、小説家は筆でもって自らの心を演じていると思う。
だからなのかもしれない。