「力石徹のモデルになった男 天才空手家 山崎照朝」森合正範著/東京新聞

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あしたのジョー」の主人公・矢吹丈のライバルとして絶大なる人気を誇った力石徹のモデルとなった空手家の人生を描く。極真会館といえば、大山倍達氏のことしか知らなかったのだが、いやはやこんな偉人がいたのか、と思わされる内容であった。

 極真の全日本選手権を2連覇し、当時隆盛を誇ったキックボクシングの試合にも出た。何しろ「キックの鬼」と呼ばれた沢村忠よりも強いと事情通からは評された人物なのだ。それは沢村をKOしたタイ人選手2人に勝ったからだ。そのうえ、田宮二郎にも似たイケメンで芸能界からのオファーもあったという。後に、女子プロレスラーとして一大旋風を巻き起こしたクラッシュギャルズ(ライオネス飛鳥、長与千種)の指導をするなど、格闘界に残した爪痕は大きい。

 1969年当時、極真は空手の本流ではなかった。本流の空手は「寸止め」なのだが、極真はフルコンタクトである。第1回の選手権大会(極真以外の他流派の選手も参戦)で山崎氏が優勝するのだが、その歴史的役割について、「妖刀村正」の異名を持つ大石代悟氏はこうコメントしている。

〈もしあのとき、他流派に負けていたら今の極真はない。大山倍達の名に傷がついた。山崎先輩がいたから今の極真がある。1ページ目があるから今のページがあるんです〉

 そこまで重要な人物が約7年半の極真会館での生活を終え、サラリーマンになるのだが、大山氏が山崎氏を重用したエピソードにはこうある。

〈自然と道場から足が遠ざかる。それでも師・大山は山崎を手放さなかった。サラリーマンになってもそばに置き、時に闘いを命じた。それだけ山崎という男は稀有な空手家だったのである〉

 現在山崎氏は73歳。「生ける伝説」として著者の取材に答えるのだが、あまり目立ちたくないと考える控えめな人物像が本書では描かれ続ける。「不言実行」「朴訥」「男は黙って道を究める」といった言葉が当てはまる。

 なお、クラッシュギャルズの大ブレークの前、長与千種が恐るべき計画を立てていたことも明かされる。なんと、山崎氏の指導があまりにもハードなためカレーに毒を入れて殺してしまおうと他の選手と共謀したというのだ。もしもこれが実現していたら、平成の世を騒がせた「和歌山毒物カレー事件」の林真須美の元祖に長与やライオネス飛鳥がなってしまっていたのである! そんな逸話もちりばめられている。 ★★★(選者・中川淳一郎)

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