文庫で読むウイルス禍パニック小説特集
「バクテリア・ハザード」高嶋哲夫著
新型コロナウイルスのように「目に見えない敵」の蔓延(まんえん)は、世界の様相を一変させる。もしかしたら現実になってしまうかもしれない「明日」を描いた、文庫で読める傑作パニック小説を紹介しよう。
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イラク、イラン、トルコの国境にあるザグロス山脈のアルミエア洞窟で、東大理学部助教授、山之内明のグループは石油生成能力を持つ新種のバクテリアを発見した。そのバクテリアから、より強力な石油生成能力を持つ「ペトロバグ」を発明する。
OPEC近くのビルで、中東石油産出国の石油省大臣5人が、極東の国で石油を生成するバクテリアが発見されたという報告を聞いていた。アラブ首長国連邦のムハマッドは、アッラーが何億年もかけて製造した石油を一瞬でつくるなどということは、アッラーの意思を踏みにじる行為だ、我々はアッラーの意志を実行すると宣言する。地中海、クレタ島近くを航行するクルーザーの中で、ダグラスはある建物を破壊して中のものを焼却し、男を1人始末せよとの指令を受けた。報酬は200万ドルだ。
石油市場を揺るがす発明を巡る謀略を描く。
(集英社 980円+税)
「首都圏パンデミック」大原省吾著
2月6日、碓井豊はマンションの自室に何者かが侵入したことに気づき、あるものをコンビニから発送した。その帰途、背広姿の男に襲われ、運河で水死する。警視庁の捜査で、碓井が新しい抗インフルエンザ薬を開発していた世界最大の製薬会社クラリス・スミソニアンの研究員だったことが判明する。10日、碓井の荷物の発送先である長崎県の人口300人の小島で感染症が発生、238人が死亡する。19日、バンコク発羽田行きの新日本エアシステム726便の機内はパニック状態になっていた。トイレで初老の男が吐瀉物まみれで倒れているのが発見され、次にトイレに駆け込んだ客も嘔吐し始めた。726便がウイルスに汚染されたことを知った政府は、自衛隊による撃墜や離島への着陸を画策するが……。
ウイルスと闘う人々を描くサスペンス。
(幻冬舎 830円+税)
「癌病船」西村寿行著
北斗号は、獄舎のような病室に患者を閉じ込めるのではなく、七つの海を航海してがんで死にゆく病人に世界各地を見せるのが狙いの癌病船である。
WHOを通じて公募した世界各国の患者が、船内でトップレベルの医師団の治療を受けられる。肝臓がんのハッサン・マラディは1億円の病室2室を10億円で買い取った。中東のある革命政府から追われているので、刺客を防ぐためだ。船長の白鳥鉄善はマラディを狙うマフィアに襲撃されるが、必死で船を守る。シンガポールで行き倒れの男が新種のインフルエンザウイルスに感染していることが判明するが、瀕死のその男は癌病船病院長のゲリー・ハリソンの名を口にする。ハリソンはそのウイルスが自然のものではなく、人間が作り出したものではないかという疑念を持つ。
新型ウイルスとの闘いを描くサスペンス。
(徳間書店 720円+税)
「バベル」福田和代著
ウィリアム・マロリーは地下鉄大江戸線月島駅で降り、もんじゃ焼き屋の生ゴミ用のポリバケツに身を潜めた。トラックに乗せられ、着いたのはクリーンゾーン。「バベル」ウイルスの非感染者のみが入れるゾーンだ。案内された路地の奧で会った女は「如月悠希」と名乗った。発病はしていないが感染者だ。ウィリアムはワクチンを打ってきたが、悠希は効果は3割程度だと言う。彼は、東京支局に派遣された後、行方不明になった友人の新聞記者を捜しにきた。悠希は、九州の病院にいるが意思の疎通は出来ないと告げた。バベルは言語を失わせるウイルスなのだ。〈あのこと〉が発生して以来、日本は鎖国状態に入り、石油の輸入も途絶えた。各家庭の太陽光発電だけとなって、街は暗くなった。この状況を悠希は海外に知らせようとしていた。
ウイルスに汚染された近未来の日本を描く。
(文藝春秋 880円+税)
「復活の日」小松左京著
1969年2月、コーンウォールの丘に囲まれた農場の一軒家で、カールスキイ教授は小型魔法瓶の底からガラス瓶を取り出した。ドライアイスの中に小さなアンプルが入っている。「摂氏5度に達すると、そいつは猛烈な毒性を持ち始める」と教授は言った。ハツカネズミが感染後5時間で98%死滅した、と。教授はこのMM―八八をピルゼンのライゼナウ博士に渡すよう指示したが、浅黒い肌の男は、我々はチェコと取引がない、我々はビジネスマンだと答えた。魔法瓶を載せて旧式の双発小型機は飛び立つ。その後、アルプス山中で飛行機の墜落事故が起きる。飛行機の残骸の中にガラスの破片が散らばっていた。
やがて世界各地で、爆発的な勢いで人や家畜が死に始める。夏の終わりに生き残っていたのは、南極大陸の1万人足らずだけだった。
SF作家が予見した人類の危機。
(角川春樹事務所 800円+税)