成田龍一(歴史学者)
10月×日 武田徹著「現代日本を読む」(中央公論新社 900円+税)を読む。物語論の視座からのノンフィクションの議論。そもそもノンフィクションといったとき、「事実」を扱うことが出発点となるが、なにをもってその特徴とするのかと、真正面から問いかける。石牟礼道子著「苦海浄土」、沢木耕太郎著「テロルの決算」から、北条裕子著「美しい顔」などの作品を論ずる力作である。
10月×日 「現代日本を読む」の続きを読む。武田は、「語り手」がいる「物語」としてノンフィクションを把握し、「物語るジャーナリズム」として議論を展開する。さらに武田は、「事実的文章」と「物語的文章」と文体に着目した議論をおこなう。「事実」にどのように接近するか、を論じており、すこぶる有益だ。
10月×日 土屋トカチ監督の「アリ地獄天国」を見る。引っ越し業界で働く一青年が、配置転換を不服とし訴訟を起こし、勝訴するまでを描く。「事実」を伝えるノンフィクション(ドキュメンタリー)映画だが、最後の瞬間、これまで仮名であった主人公が本名を名乗るという「物語的」シーンが映し出される。「事実的」推移と「物語的」展開とが、重ね合わされる。みごとだ。労働現場の深刻さに思いが至り、萩原慎一郎の「歌集 滑走路」(KADOKAWA 580円+税)を開く。「夜明けとはぼくにとっては残酷だ 朝になったら下っ端だから」(「自転車の空気」)。
10月×日 没後10年になる井上ひさしの舞台「私はだれでしょう」を観に、新宿の紀伊国屋サザン・シアターへ。いつものように、予習として戯曲に目を通す。井上芝居は、たんねんに「事実」を調査し、そのうえに「虚構」の物語を作り上げる。井上は、「虚構」によるリアリティを追求する作家であった。
10月×日 芝居の興奮が冷めやらぬまま、文庫化されたばかりの、井上ひさし著「犯罪調書」(中央公論新社 740円+税)を読む。犯罪という「事実」のなかに、関係者が作り出す「物語」を読み込み、「虚構」と「事実」、「物語」が作り出すリアリティの力学に迫る作品だ。