「宇宙の奇跡を科学する」本間希樹著/扶桑社新書/860円+税
史上初のブラックホールの撮影に成功した国立天文台教授が宇宙・ブラックホール・撮影に至るまでを描く。理系の頭良過ぎる人の書く文章を読み続けるのは久しぶりだったが、妙な感覚に襲われた。
哲学書を読んでいる気持ちになってしまったのだ。「ヒッグス粒子」「相対性理論」「量子力学」「エディントン光度」などの専門用語が多数登場するのがひとつ。著者も含めて宇宙の研究者は「なぜ我々はこの世に生きているのか」「我々の命の源である宇宙の謎を解明したい」と考えているため、哲学的になっていくのだ。
〈現在の宇宙が持っているいろいろな条件が整わないと、私たちは誕生しえませんでした。この条件は偶然にそろったものともいえますし、一方でその偶然が起こる確率は奇跡的というほど低いのも事実です〉
こうした前提があったうえで、地球の自転が公転する面に対して23・4度傾いたことにより四季が誕生したこと、太陽からちょうど良い距離のため水分が蒸発したり凍ったりしないことが明かされる。巨大隕石の墜落により絶滅した恐竜は長きにわたって君臨したものの文明をつくれなかったが、短期間でチンパンジーから進化した人類は文明をつくったことも偶然の産物であると明かす。
まさに今、こうして本紙を読んでいる皆さんも「奇跡の存在」なのだ。紙と活版印刷の技術があるから新聞を発行でき、ブラックホールの研究をした著者がいたためこの本も誕生した。そして、この本を企画した編集者がいるからこの本がある。すべてが偶然と人の出会いと文明による産物であることがまさに奇跡的であり宇宙の謎を解くことは人間の謎を解く、ということにつながる。
私は小学生の頃から「なぜ、自分は自分なのか」と考えていた。地球には何十億人もいるのになぜタンザニアのトニーではなく、兵庫県の田中一郎でもなく、タイの動物園にいる象でもないし、蛇に睨まれた蛙でもないのか。そんな時にデカルトの「我思うゆえに我あり」という言葉を知り腹落ちした。
なお、2020年のノーベル物理学賞受賞者はブラックホールの観測者3氏となった。著者とその研究チームもいずれ受賞するかもしれない。そして、本書の最後には宇宙人について言及しているが、これも哲学的である。
〈天文学者はあくまで論理的に、宇宙人の存在を考えています。宇宙人が存在するであろうと考える最大の根拠は地球人の存在です〉★★半(選者・中川淳一郎)