「いちばんたいせつなもの」斎藤貴男著/おとないちあき・イラスト 新日本出版社
斎藤貴男氏は、私が最も敬愛するジャーナリストだ。膨大な資料を読み漁り、インタビューを重ねることで、隠された真実を暴き、権力者を真っ向から批判する。テレビから干されても、裁判で訴えられても、彼のスタンスは微動だにしない。
その斎藤貴男氏が初めて児童書を書いたという話を聞いて、一瞬、「ついに好々爺になったか」と思ったのだが、違った。
本書は、分かりやすい言葉で児童向けに書かれているが、童話ではない。主人公はテツオ君だし、物語の舞台も、著者が卒業した健康学園だから、おそらく自伝だろう。
しかし、単なる自伝ではなく、現代の世相を痛烈に批判する寓話というのが、私の見立てだ。
病弱な子供を自然のなかで回復させるための健康学園に主人公がやってくるところから物語は始まる。日課の貝殻探しのなかで、主人公は珍しい貝殻を見つける。状態はよくなかったが、自分で見つけた宝物だ。ところが学園の先輩から、その貝殻を自分のと交換して欲しいと言われる。引き換えにもらえる貝は、もっと珍しい、しかも完璧な状態の貝殻だ。主人公は譲りたくなかったが、先輩との人間関係に配慮して、交換に応じてしまう。そこから、主人公の悩みが始まるのだ。
本書がずっと問い続けるのは、本のタイトルどおり、「本当に大切なものとは何か」ということだ。本人にとっての価値は、市場で決まる価値とは異なる。自分にとって本当に大切なものを守り、他人に気を使うことで、それを失ってはならない。他人への思いやりは重要だが、自分を守るための忖度はよくない。本書は、そんなメッセージを込めているのだと思う。
そして、そう理解すると、なぜ斎藤貴男というジャーナリストが誕生したのかが、よく分かる。著者にとって、地位とか名声とか安定した暮らしというのは、最も大切なものではない。最も大切なものは、真実であり、権力者の欺瞞を暴くことなのだ。
最近の子供たちは優秀だから、本書を十分読みこなせるだろう。ただ、私はむしろ大人たちに読んでもらいたい。大部分の大人が、保身のための忖度に走り、日本を劣化させているからだ。
★★半(選者・森永卓郎)