「特務 日本のインテリジェンス・コミュニティの歴史」リチャード・J・サミュエルズ著/日本経済新聞出版
稀に見るお粗末な本だ。本書を翻訳した小谷賢氏(日本大学危機管理学部教授)の名誉のために述べておくが、翻訳は正確で読みやすい。しかし、内容が酷い。
本書を読んで、太平洋戦争敗北以前の日本のインテリジェンスに関する情報は得ることが出来るが、これまでに刊行された書籍の内容をまとめ直しただけに過ぎない。日本のインテリジェンスの現状については、防衛省に関する記述は詳しいが、それ以外は不正確か偏向している。情報源や参照する文献に深刻な問題がある。
そのために日本のインテリジェンスの未来について常軌を逸した結論が導かれる。サミュエルズ氏は、3つのシナリオについて語る。
<まずは現状維持、つまり日本にとって効果的でコストが低いアメリカとの同盟関係が続く場合だ>
これは順当な見方だ。
<次の選択肢は日本が独立した軍事力を獲得し維持することである>
日本の情報官僚やインテリジェンス研究者の一部には、夢想家がいて、大日本帝国の復活をインテリジェンス面で考えている人がいるのかもしれない。偏った考えの人から話を聞かされればこのような誤解が生じるかも知れない。
評者が腰を抜かしたのは以下の記述だ。
<日本の第三の選択は、中国という勝ち馬に乗ることである。相対的に国力が低下しているとみなしているアメリカに頼ったり、自主防衛によって米中から等しく距離をとったりするよりは、日本政府は中国との同盟関係を選択するかもしれない。そうなると中国による経済の独占やその軍事的脅威、さらにはアメリカからの離反のコストを度外視し、新たな経済的巨人との健全な関係から得られる利益の方を代わりに強調するだろう>
こんな異常なことを考えている日本のインテリジェンス関係者は一人もいないと思う。
本書が英語で刊行されたことでインテリジェンス面での日中連携という誤解が広まり日本の国益を著しく毀損する。
<私は古い友人である田中明彦氏(政策研究大学院学長)にとくにお世話になった>とのことだが、著者の長年の友人ならばこのような本が刊行されることを看過すべきでなかった。
★(選者・佐藤優)
(2021年4月15日脱稿)