「魂手形」 宮部みゆき著
第2話「一途の念」のなかに、串団子の屋台を営むおみよが富次郎を訪ねてきて、畳に指をついて頭を下げるシーンがある。手土産の団子のお礼を言われたので、おみよが思わず「お恥ずかしゅうございます」と言う場面だ。その慣れない丁寧言葉が可愛らしかったので、富次郎と古参女中のおしまが顔を見合わせるというなんでもないシーンだが、ここで熱いものが突然こみ上げてきた。まだ、おみよの人生の話を聞く前であるのに、どうして悲しくなったのか、自分でもわからない。本当に、ぐっとくる場面はその少しあとに出てくるが、それより前なのだ。宮部みゆきの魔法としか言いようがない。
毎回ゲストを呼んで変わった話を聞くというシリーズの最新作で、本書はその第7作だが、このシリーズはどこから読んでも大丈夫なので安心して手に取られたい。話の聞き手が前作から代わったこと、巻によって「深刻な話」と「ほっこりした話」が交互につづられること。その2点を頭に置くだけでいい。今回は「ほっこりした話」だ。3編をおさめているが、いちばん長いのが表題作で、ここに登場する体の大きな女性お竹のキャラがいい。
ひとつだけ書いておきたいのは、「ほっこりした話」だからといって、ベタ甘のハッピーエンド話というわけではないことだ。悲しくつらく、やるせない話である。ただ、そういうことに負けない強い感情が底に眠っているから、元気が出てくるのである。
(KADOKAWA 1760円)