「この国のかたちを見つめ直す」加藤陽子著/毎日新聞出版
東大教授の加藤に、じょっぱり(津軽弁で強情っ張り)だった歌手の淡谷のり子を連想すると言ったら、加藤は苦笑するだろうか。
こんな逸話がある。テイチクのディレクターから、「星の流れに」をどうかと言われた淡谷は、結びの「こんな女に誰がした……」という歌詞が嫌だからと断った。戦後初のレコードなので吹き込みたかったが、夜の女がふてくされて他人のせいにしているのがガマンならなかった。それは軍国主義者たちが戦争をしたからではないかというディレクターに、彼女はこう言い返す。
「それを戦争中に言ってほしかったわ。戦争中は軍国主義に媚びて協力したくせに、いまになって戦争反対者みたいな顔するなんて、それこそずるい人間のやることよ」(小堺昭三「流行歌手」集英社)
これで淡谷はテイチクに居づらくなり、日本ビクターに移籍する。
小林秀雄賞を受けてベストセラーとなった加藤の「それでも、日本人は『戦争』を選んだ」(朝日出版社)という題名のつけ方と、淡谷の反骨には通うものがある。
加藤は日本学術会議会員への任命を拒否された6人の1人である。それだけ政府にとって脅威であり、毒があると認定されたわけで、加藤にとっては名誉だろう。他の5人は学術会議の「連携会員」「特任連携会員」として活動することになったが、加藤はそれを断った。この厚みのある本の中で、そのことについて問われて、「当方としては、やはり今回の菅内閣の、十分な説明なしの任命拒否、また一度下した決定をいかなる理由があっても覆そうとしない態度に対し、その事実と経緯を歴史に刻むために、『実』を取ることはせず、『名』を取りたいと思った次第です」と答えている。これもまた淡谷に似たカッコよさだろう。
「仁義なき戦い」の脚本家、笠原和夫の書いたものは必ず読むようにしているという加藤は、新型コロナウイルスについて考察するコラムでは、朱戸アオの「リウーを待ちながら」(講談社)という漫画を引く。変幻自在なのである。そして、「政治指導者が自らに不都合な『情報』に耳を貸さなくなったらどうなるか」と問いかける。言うまでもなく、「集団や組織を死地に追いやることとなる」だろう。まさに「バカな大将、敵より怖い」である。そのことを加藤はさまざまな角度から明らかにしている。 ★★★(選者・佐高信)