「晴れたらいいね」 藤岡陽子著
先のアジア太平洋戦争において、戦地に赴いて傷病兵の看護に当たった看護婦は日本赤十字の看護婦に限っても延べ3万数千人、そのほとんどが10代から20代の女性だった。本書は、戦時中のフィリピン戦線にタイムスリップしたある看護師の物語である。
【あらすじ】高橋紗穂は高齢者専門病棟に勤務する24歳の看護師。午前2時半、病棟内のラウンドに向かう。801号室の雪野サエは脳梗塞で意識のないまま寝たきりの95歳。見たところ問題なく、病室を出ようとすると、うめき声が聞こえ、紗穂はサエに腕をつかまれる。慌てた紗穂は担当医師を呼ぶが、そのとき激しい揺れが襲い、気を失ってしまう。気がつくと「雪野さん? 聞こえてる」という声が聞こえ、見知らぬ女の顔と軍服姿の男が目に飛び込んできた。
呆然とする紗穂だが、徐々に事情がつかめた。どうやら紗穂は1944年8月のフィリピンのマニラにタイムスリップし、陸軍病院で従軍看護婦として働いていた雪野サエの体に入り込んだらしい。最初はトンチンカンな受け答えをする紗穂を周囲は怪しんでいたが、無事生き延びてこの体をサエに戻さなければと思ってからは、理解ある仲間の助けも得て状況に適応していく。戦況の悪化によりマニラから北部のブキアスへ移動せよとの命令を受け、紗穂たちは米軍の爆撃にさらされ食料が欠乏する中、必死の行軍を続ける――。
【読みどころ】お国のために命を捧げるのが当たり前と思っている看護婦や兵隊たちの中にあって、紗穂は命より大事なものはないと昂然と言ってのける。平成の世から送り込まれた紗穂の明るく真っすぐで前向きな心が、戦争の理不尽さを際立たせていく。軽やかながらも、優れた反戦小説である。 <石>
(光文社 770円)