「『日本型格差社会』からの脱却」岩田規久男著/光文社新書
著者は、第2次安倍政権で日銀の副総裁を務めた。日銀の量的金融緩和は、総裁の名前を採って「黒田バズーカ」と呼ばれるが、その理論的バックグラウンドをつくったのは間違いなく著者だ。著者は、かなり昔から孤軍奮闘でインフレ目標の設定と量的金融緩和を主張してきたからだ。
本書でまず目を引くのは、アベノミクス誕生の秘話だ。デフレ脱却のためには、政治を動かさないといけないと考えた著者は、政治家の説得を試みる。しかし、丁寧に時間をかけて説明したにもかかわらず、当時総理候補だった石破茂氏も前原誠司氏も、全く理解してくれなかった。その中で、安倍晋三氏のみが、著者の理論を理解した。おそらく、生半可な財政金融の知識がなく、真っ白なキャンバスだったことが奇跡を生んだのだろう。アベノミクスは、デフレに一定の歯止めをかけ、ある程度経済成長率を高めたが、目標としていた2%の物価上昇率は達成できなかった。
その原因を著者は、安倍政権が財政赤字の縮小に向かったからだと述べている。その指摘は正しい。金融緩和というアクセルを踏みながら、財政緊縮というブレーキを同時に踏んだのだから、デフレ脱却ができるはずがないのだ。
ただ、著者の主張は、現状程度の財政赤字を許容すべきということで、いわゆるMMTが主張するようなインフレ率が一定以下の状況下では、財政赤字を拡大させても構わないという理論とは、一線を画している。それでは、莫大な財政拡大なしに、どうやって格差を解消していくのか。
著者の政策提案は、実に大胆だ。簡単に言うと、既得権の打破と所得再分配の強化だ。中小企業や正社員の保護政策をやめる。金融所得を他の所得と合算したうえで累進課税する。高所得者の増税を含む給付付き税額控除を導入する。驚きは、年金を積み立て方式に移行するため、時限的な相続税増税を実施するというものだ。それぞれの政策を丁寧に検証しているので、実現可能性は高いが、多くの人の反発を招くことは間違いないだろう。
ただ、政党間の政策論争も、これくらいの緻密さで行われたら、国民の選択肢は増えると思う。 ★★(選者・森永卓郎)