小野田寛郎元少尉の潜伏生活を描く長編劇映画
「ONODA 一万夜を越えて」
1974年といえば団塊ジュニア世代の最後の生まれ年だが、実は戦後ニッポンの象徴的な事件が起きた年でもある。敗戦から28年余にわたり、「徹底抗戦」を信じてフィリピンの密林に潜んだ小野田寛郎元少尉の帰国である。
先週末封切られた「ONODA 一万夜を越えて」はこの潜伏生活を描く長編劇映画。監督は“弱冠”40歳のフランス人アルチュール・アラリだ。
とはいえ特別な思い入れなどはないらしく、8年前にフランスで出たノンフィクションを読んだのが映画化のきっかけだという。それゆえ、70年安保闘争も三島由紀夫事件も忘れて奢侈安逸にふけるあの当時の日本社会が受けた、名状しがたい衝撃や痛覚などは望むべくもない。東南アジアのジャングルのうだるような炎熱も伝わってはこない。
その代わりといってはなんだが、40代以降の小野田少尉を演じた津田寛治が強烈に目を引く。信念に凝り固まった残置兵士の、痩せ細って鬼気迫る姿。おそらく彼の俳優人生で最高というべき熱演と存在感といってよいだろう。
五十嵐惠邦著「敗戦と戦後のあいだで」(筑摩書房 1870円)は、小野田少尉をはじめ、その2年前に帰国して大きな話題となった横井庄一元伍長やシベリア抑留から帰国した詩人・石原吉郎のほか、戦後の映画や小説に描かれた復員兵たちの姿を列伝的に論じながら、玉音放送からおよそ30年間の日本の「敗戦後史」を浮かび上がらせようとする。遂に帰還し得なかった兵士を描く五味川純平の大長編小説「人間の條件」を論じた章は特に圧巻だ。
ところで小野田帰国の74年にはもうひとつ、左翼組織・東アジア反日武装戦線「狼」による三菱重工ビル爆破という大事件があった。それを思い出すとき、故若松孝二監督ならば、小野田少尉の“真の物語”を描き得たのではなかったかと思うのである。 <生井英考>