著者のコラム一覧
北上次郎評論家

1946年、東京都生まれ。明治大学文学部卒。本名は目黒考二。76年、椎名誠を編集長に「本の雑誌」を創刊。ペンネームの北上次郎名で「冒険小説論―近代ヒーロー像100年の変遷」など著作多数。本紙でも「北上次郎のこれが面白極上本だ!」を好評連載中。趣味は競馬。

「頁をめくる音で息をする」 藤井基二著

公開日: 更新日:

 タイトルがいい。装丁がいい。この2点だけで本を買うことはめったにないが、これはそのまれなケースだ。しかも内容までいいから素晴らしい。

 尾道の古本屋店主のエッセー集である。読み始めたらやめられないのは、いろいろと感じ入ることが多いからだ。まず1つ目は、変わった本屋さんであること。JR山陽本線尾道駅から徒歩15分の、路地裏にある医院の建物を借り、その1階の診療スペースが古本屋になっている。あとはシェアハウスとして活用し、店主自身もここに住んでいる。

 つまり、その形態からして変わっているが、異色の2つ目は、開店時間が午後11時であること。閉店時間が深夜3時。だから時折、「ウイスキーを1杯ください」と間違えて入ってくる客もいる。深夜の客で印象深いのは、若い女の子が入ってきて、しばらくしてから井上靖の文庫本をレジに持ってきたときのことだ。本の話をいろいろしていると、彼女の携帯電話が鳴ったのに出ようとしない。「いいんです。自分が浮気した癖に」。すると店主の携帯が鳴る。若い男性の声で「そこに若い女性が来てませんか」。彼女がジェスチャーで言わないでという。この深夜のひとコマが読み終えても残り続ける。

 尾道の街の、さまざまな風景を撮った写真が挿入されているので、この本のあちこちから、潮風に乗った海の匂いと、街のざわめき、古本の匂いが立ちのぼってくる。

(本の雑誌社 1540円)

最新のBOOKS記事

日刊ゲンダイDIGITALを読もう!

  • アクセスランキング

  • 週間

  1. 1

    西武ならレギュラー?FA権行使の阪神・原口文仁にオリ、楽天、ロッテからも意外な需要

  2. 2

    家族も困惑…阪神ドラ1大山悠輔を襲った“金本血縁”騒動

  3. 3

    9000人をリストラする日産自動車を“買収”するのは三菱商事か、ホンダなのか?

  4. 4

    兵庫県知事選・斎藤元彦氏の勝因は「SNS戦略」って本当?TV情報番組では法規制に言及したタレントも

  5. 5

    小泉今日子×小林聡美「団地のふたり」も《もう見ない》…“バディー”ドラマ「喧嘩シーン」への嫌悪感

  1. 6

    国内男子ツアーの惨状招いた「元凶」…虫食い日程、録画放送、低レベルなコース

  2. 7

    ヤンキース、カブス、パドレスが佐々木朗希の「勝気な生意気根性」に付け入る…代理人はド軍との密約否定

  3. 8

    首都圏の「住み続けたい駅」1位、2位の超意外! かつて人気の吉祥寺は46位、代官山は15位

  4. 9

    兵庫県知事選・斎藤元彦氏圧勝のウラ パワハラ疑惑の前職を勝たせた「同情論」と「陰謀論」

  5. 10

    ロッテ佐々木朗希は母親と一緒に「米国に行かせろ」の一点張り…繰り広げられる泥沼交渉劇