「頁をめくる音で息をする」 藤井基二著
タイトルがいい。装丁がいい。この2点だけで本を買うことはめったにないが、これはそのまれなケースだ。しかも内容までいいから素晴らしい。
尾道の古本屋店主のエッセー集である。読み始めたらやめられないのは、いろいろと感じ入ることが多いからだ。まず1つ目は、変わった本屋さんであること。JR山陽本線尾道駅から徒歩15分の、路地裏にある医院の建物を借り、その1階の診療スペースが古本屋になっている。あとはシェアハウスとして活用し、店主自身もここに住んでいる。
つまり、その形態からして変わっているが、異色の2つ目は、開店時間が午後11時であること。閉店時間が深夜3時。だから時折、「ウイスキーを1杯ください」と間違えて入ってくる客もいる。深夜の客で印象深いのは、若い女の子が入ってきて、しばらくしてから井上靖の文庫本をレジに持ってきたときのことだ。本の話をいろいろしていると、彼女の携帯電話が鳴ったのに出ようとしない。「いいんです。自分が浮気した癖に」。すると店主の携帯が鳴る。若い男性の声で「そこに若い女性が来てませんか」。彼女がジェスチャーで言わないでという。この深夜のひとコマが読み終えても残り続ける。
尾道の街の、さまざまな風景を撮った写真が挿入されているので、この本のあちこちから、潮風に乗った海の匂いと、街のざわめき、古本の匂いが立ちのぼってくる。
(本の雑誌社 1540円)