「黛家の兄弟」砂原浩太朗著
冒頭近く、みやが新三郎の寝床に入ってくるシーンがある。
「だいじょうぶです--みやが、ぜんぶ教えてさしあげます」
みやは5年ほど前から筆頭家老の黛家の屋敷に奉公している娘で、新三郎と同じ17歳。大目付、黒沢織部正の娘りくとの縁組を父清左衛門から言い渡された日の夜だ。
りくは親友・圭蔵が気に入っていたので、新三郎にはためらいがある。身分違いなので、圭蔵は最初から諦めていたのだが、それでも新三郎にはうしろめたい気持ちがある。しかし、武士の縁組は家と家の結びつきなので、どうすることもできない。その夜、みやが忍んでくるのだ。それからすぐに、みやはいなくなる。嫁入りが決まったと聞いたが、なぜ自分と肌を合わせたのか、新三郎にはわからない。
これでみやが物語から退場するなら、これは新三郎にとって青春のひとつの挿話にすぎない。しかし、ずいぶんたってから、みやは再登場する。こういうふうに、ちらりと出てくる脇役も絡み合うように物語が進展していくので、目が離せない。
大目付の家に入るなら次兄の壮十郎だと思っていたのになぜ自分なのかと新三郎は思う。その次兄のこと。親友・圭蔵のこと。この2人はもっと密接に絡み合っていく。
筆頭家老と次席家老の暗闘。3兄弟の絆。恋と友情の行方。さまざまな問題と波乱を含んで展開する物語の緊張感が素晴らしい。前作「高瀬庄左衛門御留書」に続く傑作だ。
(講談社 1980円)