「おしゃべり」野田和著
久しぶりに小柳老人のおしゃべりの相手をした。小柳老人は林田富子からこんな話を聞いたという。
富子は71歳、夫の洋二は75歳で、もう男女の夜はない。富子は20年前の12月の夜、悪意に満ちた女から聞いた話を洋二にぶつけた。「あなた、八重子とゆうべ、2人きりで、人群れにまぎれたそうね」
富子が洋二の頭を平手で殴り、首を絞めると、洋二は富子を強く抱きすくめた。富子は小柳老人に2日にわたってその話をして、ここまで打ち明けたのだから、自分の気持ちをくみ取って、一度でいいから抱きしめてほしいと迫った。
他に、少年がこだわり続ける「光景」を描いた「ぼくらの場合」を収載した老新人の“試小説”集。
(北冬舎 1760円)