「猫様」想田和弘著
「猫様」想田和弘著
「野良猫様の多い街は良い街だ」を持論とするドキュメンタリー映画監督による猫写真エッセー。
コロナ禍を機に生き方を大きく変えた著者夫妻は、2021年に長年暮らしたニューヨークから、撮影で縁があった瀬戸内海に面した小さな港町・岡山県の牛窓に移り住む。牛窓には野良猫「様」が多い(猫を愛し、猫を主人公にした作品を発表したこともある著者は、どんな猫にも「様」をつけて呼ぶ)。
やがて夫妻は散歩道で、野良猫様の家族と顔見知りになる。父親猫様「梅ちゃん」と子どもたちだ。イクメンの梅ちゃんが育てる子猫様は、1歳くらいの雄「茶太郎」と、雌の「ダラ」。そして生後半年くらいの雄の「チビシマ」の3匹。
母親猫様のマダラは、外出好きで育児を梅ちゃんに任せきりだが、著者の妻が港で日課の太極拳を始めるとどこからともなく現れ見学。しかし、マダラはある日、突然姿を消す。後日、近所の人に保護され「家猫様」になったと聞く。
毎年、節分の頃になると、雌猫様を求め、雄猫様たちの大移動が始まる。
やがて平穏だった梅ちゃん一家にも受難の日々がやってくる。梅ちゃんのテリトリーに屈強な雄猫様のクロが侵入し、一騎打ちに。深手を負った梅ちゃんは姿を消し、その姿を再び見ることはなかった。
ダラちゃんはクロと夫婦になり、子どもが生まれ、テリトリーを追い出された茶太郎とチビシマは、命からがら隣町に「亡命」。
そんな梅ちゃん一家との交流を軸に、牛窓の猫たちについて語りながら、彼らの写真を紹介。
亡命先までクロが現れ、居場所を失った茶太郎とチビシマを夫妻はいったんは保護するが、自由を求める彼らの意思を尊重して、出入り自由の環境を提供。2匹はようやく新しいテリトリーを手に入れたと思ったら、新たに現れた雄猫様のチャオ(表紙)との攻防が始まるなど、茶太郎とチビシマの受難は続く。
そんな中、著者の自宅の軒下では雌猫様が子猫様を3匹出産。ママ茶と名付けた母猫様と子猫様たちのドラマも始まる。
さらに、エジプトや京都など訪れた街の野良猫様や実家で飼っていた猫様たちも多数登場。
そうした野良猫様たちとの関わりを通し、近年「人間との共生」を大義名分として、野良猫様たちに「避妊去勢手術」を施す世の風潮にも疑問を投げかける。これまで行われてきた殺処分よりはずっとマシで、自らも茶太郎とチビシマにも施したが、それはゆっくりとした「野良猫様絶滅計画」にも見えると嘆き、哲学者カントの次の言葉を紹介する。
「動物に残酷な人は、人間にも厳しく当たる。動物の扱い方を見れば、その人の心を判断することができる」
確かに野良猫様も暮らしていけない世の中を想像するだけで心が寒くなる。
(集英社 2970円)