「アリスが語らないことは」ピーター・スワンソン著、務台夏子訳
分類すれば、ファム・ファタル(悪女もの)ということになるのかもしれないが、そう名付けた途端に、この小説の魅力の大半がこぼれてしまうような気がする。
父親の事故死の知らせを受けて帰郷した大学生ハリーを待っていたのは美しい継母アリスだった--というところから始まる物語だが、父親は事故に遭う前に何者かに頭を殴られていた形跡があり、では誰に殺されたのかというハリーの現在を描くパートと、アリスの10代のころを描くパートが交互につづられていく長編である。
このアリスの過去編が圧巻。母イーディス、継父ジェイク、友人ジーナの、それぞれの造形も秀逸だが、彼らとの関係を描く筆致が素晴らしい。これは全体の5分の1のところに出てくる場面なので、ここにも書いてしまうが、母の死をアリスがじっと見るシーンがある。なぜ母を助けないのか、なぜじっと見ているだけなのか、アリスの心中が詳細に描かれないことに留意。アリスが語らないことがほかにもたくさんあり、その分だけアリスというヒロインの像が私たちのなかで膨れ上がっていく。彼女はいったい何を考えて生きているのかと。
ストーリーが面白いだけでなく、構成は驚くほど巧みで、さらにサスペンスが充満していて、読み始めたらやめられない傑作だ。これが面白ければ、この作家、同文庫から他に2作出ているのでそちらもどうぞ。
(東京創元社 1210円)