「竜血の山」 岩井圭也著
北海道の山奥で、巨大な水銀鉱山が発見されるところから、この物語は始まる。
時は昭和13年。当時水銀は、雷管の雷薬、起爆剤あるいは諸兵器の技術的装置などに必要な軍需品だったが、国内生産量は少なく、スペインやイタリアなど海外からの輸入に頼っていた。そこに巨大な水銀鉱山が発見されたのだから、鉱山技師は驚く。
ところがそこに、1人の少年が現れる。誰も住んでいないと思われた山奥に、ひっそりと現地人がいたのだ。すぐに明らかになることだからここにも書いてしまうけれど、山奥に住む一族は、〔水銀を飲む一族〕だったのだ。もちろん、これは通常ではありえない。ここは、そういう幻の一族がいたという伝奇小説として読みたい。水銀鉱山が開発され、閉山するまでの30年間の変転を、その一族を中心に描いていく長編なのである。中心となるのは、芦弥。鉱山技師の前に現れたときは15歳。彼が45歳になるまでの波乱の歳月が、暗く、リアルに、描かれていく。
そうなのだ、岩井圭也にしては珍しく、暗い物語なのである。〔水飲み〕の一族(彼らはこう呼ばれている)と一般の坑夫の間には確執があるし、芦弥の家庭はぐちゃぐちゃだし(これは家庭を顧みない彼に問題がある)、希望というものがない。その救いのなさを正面から描いていくので、妙な言い方になるが、目が離せない。どんどんこの物語に引きつけられていくのである。
(中央公論新社 1980円)