「匿名作家は二人もいらない」アレキサンドラ・アンドリューズ著、大谷瑠璃子訳
匿名のベストセラー作家がアシスタントを募集していて、それに応募して採用されたヒロインの日々を描く長編である。
このヒロイン、フローレンスが作家志望で野心満々の女性という設定がこの長編のキモ。彼女は匿名作家の原稿を打ち直すことも仕事の一つなのだが、この表現は変えたほうがいいと思うと、さりげなく変更して打ち直したりするのである。もちろん匿名作家がもう一度確認するから、バレることもありうるが、そのときはそのときだとフローレンスは考える。ところがバレない。
ここで、パトリシア・ハイスミス「太陽がいっぱい」を連想するのはたやすい。アラン・ドロン主演の映画が日本で公開されたのが1965年、その原作が翻訳されたのが1971年。どちらも50年以上前の話なので、いまや知らない人もいるかもしれない。無名の青年が金持ちを殺してなりすます話である。
匿名作家の正体を知っているのはエージェント1人。ということは、そのエージェントをどうにかすれば、匿名作家になりすますことも可能ということだ。つまり、このアシスタントが匿名作家を殺すのではないか、と展開を予想するのである。
そんなネタばらしをして大丈夫か、と心配するムキもあるかもしれないが、ご安心。「太陽がいっぱい」とはまったく違う方向に進んでいくのだ。予想もつかない方に転がっていくその展開が素晴らしい。 (早川書房 1496円)