「それぞれの風の物語」中場利一著
不漁のためアナゴ漁師をやめた「俺」は、離婚した後、元カノの昌美がやっている喫茶店「テンノット」の2階に転がりこんだ。防波堤に座っているとき心地よく感じる風が10ノッ6であることからつけた名だ。元漁師仲間の大矢の兄の健一は、頼まれてイカナゴ漁に出て行方不明になった。真夜中に船だけが浮いていたという。1年ほどたった頃、健一の死体がイワシ漁の網にかかった。葬儀の日、大矢の姿が見えないと思ったら、誰もいない部屋で、健一の好きだった海苔弁を目の前に置いて、自分の海苔弁を黙々と食べている。「お兄ちゃん、おかえり。寒かったやろ」。(「テンノットの風」)
海辺の町の喫茶店を舞台にした心温まる物語10編。
(光文社 1870円)