「あのSFはどこまで実現できるのか」米持幸寿氏
「あのSFはどこまで実現できるのか」米持幸寿著
「映画『ターミネーター』では、AIが人間を抹殺するために核戦争を始めますが、もしAIと人間とが戦争を起こすとしたら、2つの条件が必要です。1つ目はAIが政策の全権を掌握していること、2つ目はAIが目の前の出来事だけでなく、広範囲で長期間にわたる大局を処理するようになることです。この2つは現代のAIではなかなか難しい。それに、銃を持った戦士が戦うよりもITハッカーたちがロボットをハッキングするほうが有効なので、映画のようにはならないでしょうね。でも、映画などで描かれてきた個々の技術では、現代にも負けず劣らずの研究がたくさんあるんです」
本書は、昭和から平成の漫画や映画、テレビドラマの名作に登場し、人々を魅了してきた空想テクノロジーがどこまで実現できるのかを検証した科学読みものだ。
ロボットとの戦争が訪れないことには一安心だが、「ターミネーター」に登場する液体金属ボディーの暗殺ロボ「T-1000」のようなSFならではの演出に心躍らされた読者も多いだろう。
「動かせる液体金属は中国とオーストラリアの共同研究チームが発表しているんですよ。ガリウムという液体金属を使って電気信号で制御すると、ニュウッと動かせるのです。また作中で、『T-1000』がバラバラに砕けた後に火花で溶けて1つにまとまるシーンがあります。ここで疑問になるのはプロセッサーはどこにあるのかということですが、バラバラになれるほど小さなコンピューターのクラスターだと考えれば実現できます。実はIBMは既に花粉サイズのコンピューターを開発しているんです。関係者に見せてもらったんですが、小さすぎて見えないくらいでした」
このような超小型コンピューターを液体金属で覆い、東京オリンピックでたくさんのドローンが空を舞って映像を作り出したような技術で協調動作をできるようにすれば、あの「T-1000」が実現できるという。
「実はターミネーターはアップル製品である可能性が高いんです。作中にターミネーターの目から見えている視界が一瞬だけ映るので、そこで止めて文字列をメモしたんですよ。この文字列からは中のコンピューターがどのように動いているのか分かります。1984年の公開当時にこれと同じ処理の仕方をしていたのは、モス・テクノロジー社のMOS6502プロセッサーです。そしてこれを搭載していたのがAppleⅡなんですね」
■「バベルの塔」のスパコンは2億円
ほかにも、「バビル2世」のバベルの塔のコンピューターのストレージは現代なら2億円で買える、「新造人間キャシャーン」の主人公のように太陽エネルギーで1日活動するには1平方メートル分の太陽エネルギーがあればよいなど、9作品を紹介。
「近年、シンギュラリティー(技術的特異点)という言葉が騒がれています。しかし、徒歩よりも車のほうが楽というのもシンギュラリティーで、分野によってはとっくに機械が人類を超えています。私は『2001年宇宙の旅』に憧れて科学の道に入りました。SFは確実に世界を豊かにしています。テクノロジーを恐れるのではなく、その技術をどう使うのか、ということが新しい文明社会につながるのではないでしょうか」 (集英社インターナショナル 913円)
▽米持幸寿(よねもち・ゆきひさ) システム情報科学博士。1966年生まれ。87年日本アイ・ビー・エム入社。2015年から19年までホンダ・リサーチ・インスティチュート・ジャパンで研究戦略室長を務め、20年2月にPandrboxを創業。現在は同代表として、音声対話インターフェースの研究・開発に携わっている。