「吾妻鏡」藪本勝治著
「吾妻鏡」藪本勝治著
日本の偽史、偽文書といえば、東日流外三郡誌、竹内文献、椿井文書などが有名だ。ウソと知りつつも何か妙な想像力をかき立てられてしまい、一定の偽史ファンも存在する。しかし、「正史」と銘打たれたものに実は多くの偽りや改ざんが紛れ込んでいたとしたら──。
「吾妻鏡」は、鎌倉幕府の公式記録として1300年ごろに編纂された、約50巻の大部の史書。徳川家康が政治の規範として「吾妻鏡」を愛読し、現在一般にイメージされる鎌倉時代の歴史像は同書によって形成されている。
しかし、「吾妻鏡」の記述の信憑性については江戸時代から疑義が呈されていて、近年の研究においては「記録」というより「物語」に近いものとされている。本書は「吾妻鏡」を記録の枠から解放し、史実に照らしながら物語として読み直していこうというもの。
「吾妻鏡」では、義経が兄頼朝の推挙を得ずに勝手に検非違使に任官し、それに頼朝が激怒したという、いわゆる「自由任官問題」が兄弟の対立の原因と書かれているが、これは虚構で、時期も1年さかのぼらせている。なぜか。義経が追討されることで最も得をしたのは初代執権の北条時政で、時政に都合のいいストーリーが描かれているのだ。
また、いわゆる「比企氏の乱」も本来は北条氏のクーデターというべき事件だったのを、2代将軍の頼家の後ろ盾となっていた比企能員が企てたという物語にすり替えている。要するに、「吾妻鏡」は北条氏による得宗政権が「いかに正当なものであるか、いかに絶対的なものであるかを、歴史的に裏付けるための過去像を抄出した物語」なのである。
本書では史実と「吾妻鏡」の記述を比較しながら、編纂者たちがどのような意図で時系列の変更、史料の切り貼り、事実の隠蔽などを行ったのかを明らかにしていく。「歴史は勝者によってつくられる」というが、そのひとつの典型的な例が、ここに示されている。 〈狸〉
(中央公論新社 1100円)