「謎とき百人一首」ピーター・J・マクミラン著
「謎とき百人一首」ピーター・J・マクミラン著
アイルランドで生まれ、数十年前に来日し、英文学者、翻訳家、作家として活動している著者が最初に手掛けたのが「百人一首」の英訳だ。本書は「百人一首」の新たな英訳とともに、外国人の視点から見た日本古典独自の世界を紹介している。
たとえば、「奥山に紅葉踏み分け鳴く鹿の声聞く時ぞ秋はかなしき」という猿丸大夫の歌。この「奥山に紅葉踏み分け」ているのは誰なのか? 歌の作者たる人間、あるいは鹿という2通りの解釈が可能だが、「I」がないことがあり得ない文化で育った著者は、最初の訳で「I hear the lonely stag」とした。
しかし、この歌の背景には、自分が馴染んできたのとは違う文化と人間に対する考え方があると気づき、今回はどちらにも読み取れるような訳を試みた。
遣唐留学生として半世紀以上を過ごした阿倍仲麻呂の「天の原ふりさけ見れば春日なる三笠の山にいでし月かも」。日本では「かつて日本にいたときに見た月と同じなのだな」と解釈するが、中国では「いま日本でも同じ月を見ているのだろう」と解釈する。西洋も同じで、月を見て過去を思うよりも、遠く離れた人を思う。このように同じ月を見ても、その感覚が違っている。もっとも著者は、安室奈美恵やフジファブリックを引きながら、現代の日本人は同じ月を見ている人のことを思う方が多いだろうとコメントする。
たしかに「百人一首」の歌が詠まれた時代は、現代日本から見れば遠い異国のようなもの。なぜ男性が女性の立場で歌を詠むのか、妻問い婚(通い婚)が一般的だった時代の「後朝」のルールとは何かといった、現代日本人にとってのさまざまな「謎」を解き明かしてくれる。加えて掛け言葉や言葉遊びの多い歌をどうやって英訳するのかという工夫を具体的に示してみせる。1首につき3ページほどのコンパクトなものだが、内容は極めて幅広く機知に富んでいる。 〈狸〉
(新潮社1980円)