古希超えの仁左衛門と玉三郎が“前代未聞 月またぎ”に挑戦
玉三郎の桜姫は、仁左衛門演じる高貴な僧が、彼女に夢中になり堕落していくことを観客が納得するだけの魅力がなければならないし、仁左衛門のもう一役の権助は悪人だが、桜姫が夢中になり女郎に落ちてもいいとなるほどの魅力ある男でなければならない。
2人がいつまでも若く、演技力も申し分ないのは、いつものこととはいえ、改めて奇跡と思う。
舞台の上での2人の若さはそれだけでも驚異的だ。その外見の若さに、半世紀にわたり共演してきたことでの蓄積が加わる。舞台を見ているのだが、40年前の舞台が巨大モニターに映し出されているようでもあり、さらには江戸時代の芝居を見ているかのような気分にもなり、時空を超えた体験となる。
日本有数の上品な劇場である歌舞伎座だが、今月の第三部の舞台には、極上の華麗なる美だけでなく、頽廃と猥雑さも満ちていた。これこそがコロナ禍のこれまでの歌舞伎公演に欠けていたものだった。まだ元の日常には遠いが、この非現実的な芝居は、非日常と化したおかげでの変則的な上演形態でこそ可能となったことを思えば、まさに禍転じて福となすだ。
(作家・中川右介)