<10>昆虫ウイルスが“証明”した自然免疫の強い抗ウイルス力
蛾などの昆虫に感染するウイルスに「バキュロウイルス」というものがある。バキュロウイルスを哺乳類由来の細胞に接種すると、細胞内にウイルスは侵入するものの、ウイルスのタンパク質を合成することができず、増殖しない。細胞内に侵入したウイルスはそのまま分解されてしまうのだ。
千葉工業大学の阿部隆之博士(現神戸大学准教授)は、2003年に興味深い論文を発表した。バキュロウイルスをマウスの鼻に垂らした後に、「致死量」のインフルエンザを接種したところ、マウスはまったく死ななくなったのだ。
この研究成果は、なかば偶然の産物であった。阿部博士は当初、バキュロウイルスを用いて、インフルエンザのワクチンの開発を目指していた。バキュロウイルスを人工的に改変して、インフルエンザウイルスのタンパク質を発現させたのだ。彼は、ワクチン未接種群の「陰性対照」として、インフルエンザウイルスのタンパク質を発現しないバキュロウイルス(野生型)を用いたのだ。常識から考えると、陰性対照のマウスは全滅する。ところが、予想に反して、マウスは死ななかったのである。つまり、野生型バキュロウイルスが、インフルエンザワクチンとして働いてしまったのだ。