人種差を問題にしつつ「動物データ」に納得する不思議さ
情報そのものの正しさの吟味に比べて、情報の当てはまりの吟味は複雑で困難である。そもそも、情報そのものの正しさと当てはまりの吟味を区別せずに、情報の正しさの問題として議論している場合も多い。「日本人のデータであれば日本人には当てはまる」というようなナイーブな考えもありふれたものだ。
しかし論文が示すものは、あくまで研究対象を集団で評価したものに過ぎない。そこから導かれるのは、「相対危険」や「絶対危険」などの指標で示されるような場合、単に平均値に過ぎない。
にもかかわらず、目の前で起こることは、平均からかけ離れた人も多く含む、むしろ平均的ではない個人個人がどうするかの判断である。日本人もいろいろである。その研究結果から得られる平均値といろいろな個人とのギャップをどう考え、どう埋めていくか。その問題について、しばらく取り上げていくつもりである。